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Channel: 恵介の映画あれこれ
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「すれ違いのダイアリーズ」(THE TEACHER’S DIARY)(タイ映画):僻地のダム湖に浮かぶ水上小学校に赴任した新米の男先生は前年の女性教師の残した日記に感動する

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僕は外国特派員協会(FCCJ)の内情をブログに書いたために会員資格停止を3度受けた前科がある。だから復帰後この半年は僕の弁護士からも控えるようにと忠告を受けているので詳しくは書けない。

しかし協会会員に開放された「タウンホールミーティング」で明らかになり、「ナンバー1新聞」2月号に広告として掲載されるだろう内容についてはパブリック・ドメインとなるので触れてみたい。

昨夕(12日)の報告会は元会長らかつて理事会の要職を占めた人たちで組織するSOSFCCJ(Save our Club, Save our Staff、FCCJ)が東京地裁へ訴訟していた案件が調停を受け解決したと言うもの。
FCCJは「公益法人移行」のためレストラン&バーをアウトソーシングし、そこで働いていた労組員を雇止めにした協会を2012年夏に提訴した。

3年半を経過し昨年12月に調停となったが,その説明会が原告側の元会長グループの主宰する「Town Hall Meeting by the "Ex-Presidents Group."」と銘打って行われた。

LAタイムス東京支局長だった故Sam Jamesonを団長とした原告団は協会側の必然性の無い公益法人移行で大量の従業員のクビを切ったのは暴挙としてSOSFCCJ を結成しFCCJを提訴したのだ。
Samは闘い半ばの2年前に逝去したが後をA氏D氏、唯一の日本人T氏などが引き継ぎ闘争を継続していた。

東京地裁への訴訟と併行し労組も東京都労働委員会へ訴えていたがこれも昨年暮れに労組と協会の手打ちが行われ慰労金を支払うことで和解が成立した。

Sam Jameson a widely respected journalist and former President of the FCCJ, along with two other former presidents and other Regular and Associate members of the Club sought a legal injunction in the Tokyo Court delaying outsourcing of the Club's Food and Beverage (F&B) operations pending a full investigation of the likely financial, legal and other consequences of the move which involved the dismissal of many members of the FCCJ staff.
It proved impossible to obtain an injunction in time to save the staff, as outsourcing actions were pursued in accordance with a General Membership Meeting resolution of March 2012. But the plaintiffs continued their court action in order to expose what they saw as serious flaws in the arguments presented in favour of outsourcing and which could damage the finances and viability of the Club. These threats appear to be imminent now.
In keeping with the terms of a "wakai" agreement reached by the court in December 2015 and which granted the plaintiffs the right to present their case in full to the FCCJ membership, they set out their arguments in a special insert (which the plaintiffs are paying for) in the February issue of the Number 1 Shimbun.

僕らアソシエイトメンバーは「蚊帳の外」で内情は判らない。
だが昨日の報告会で協会側の動きや原告側の言い分が明確になる。

 法廷闘争の論点と経過を纏めたR氏の説明はポイントを突き納得性がある。
公益法人移行を決めた2012年3月のGMM(総会)の成立自体が怪しい、から始まる。
67名のレギュラーメンバー(マスメディア関係者のみ)の内、スリーピング会員の委任状(プロキシー)が37名、この人たちは殆ど老人で顔を見せない会員、だから僅か30名が議論に入ったが、会議の最中に地震があり、一時避難が行われ、最後に残ったのは20名弱だった。
こんな少数で協会の将来を左右する大問題の「公益法人移行」を決めてしまった。

アウトソーシング先を「アラスカ」に決めてからのゴタゴタ、結局IRS(東急レストランチェーン)に落ち着くのだがその経緯やコントラクトの内容の不透明性や不条理性。
そして利益を挙げている筈のレストラン&バーが赤字垂れ流しだと。

無理も無いとR氏は論破する。売り上げの9.5%しかIRSは協会に戻さない。(寿司バーは20%)。
フロントやクロークのオーバーヘッド、家賃、厨房施設、修理・管理・維持費について一切IRSは払わない。新聞協会もアラスカと同じような条件で契約しているがオーバーヘッドや家賃他の諸費用はアラスカ持ちだ。IRSの契約見直しは必須条件だと

W氏は総括する。こんなゴタゴタの波を潜り抜け調停に至ったのは嬉しいが、協会も元会長グループも労組も皆、敗者だ。振り返えれば不毛の3年半であった。ウィナーは3000万円の報酬を獲得した弁護団だけだと。

これからはカクチ会長の下、アンシャンレジームと闘いながら名門FCCJを立て直さなければならないとフツフツと感じる。


 2012年、電気なし水道なし、携帯電話さえも繋がらないタイの僻地の湖に浮かぶ水上学校に教師としてやってきたダメ青年のソーン(ピー:スクリット・タラトーン)。余りにお気楽なソーンに恋人が何とかしろと言うので教師になった。

 教師といってもレスリング一筋だったソーンには教えた経験はまったくなし。誰も行きたがらない僻地に行っても良いと言うソーンは早速採用される。

やんちゃな子供たち7人に囲まれ、ドタバタ失敗つづきの毎日だった。ヘビ事件を切っ掛けにこの子どもたちと親しくなるエピソードが笑えるものばかりだ。

 ある日、前任の女性教師エーン(プローイ:チャーマン・ブンヤサック)が残していった一冊のノートを見つける。
それはエーンの個人的な教師としての日記だった。

ソーンが赴任する前年の2011年。頑固で意地っ張りなエーンは手首の小さな田トゥーを校長に見咎められ反抗したために僻地の水上学校に送られる
学年の高学年から低学年までバラバラの7人。ここでも子どもたちとのエピソードが場を繋ぐ。給水タンクからヤモリが、ダム湖に落ちて腐乱した死体を見つけるなど恐怖も一杯。

遠距離恋愛のヌイ(ウィア:スコラワット・カナロット)も気になる。
エーンの教師としての悩みや喜びだけでなく、若い女性としての感情も綴られていた。

その日記を読むうちに、彼女は自分と同じように子どもたちの教育に腐心しながらも寂しく孤独で、失恋し悩んでいる。ソーンは会ったこともないエーンを身近に感じいつしか恋してしまう。

出演者たちは僕らには無名の俳優ばかりだが、少し色黒だが美男美女だ。チェンマイ出身だと言うソーン役のピーは30歳、目鼻立ちのはっきりした若い頃の巨人の定岡投手に似たイケメン。タイで人気の男性アイドル歌手で映画出演は初めてだという。

 エーン役のプローイは33歳。ボブにカットしたストレートな黒髪が似合う楚々とした美人。
この二人が日記を媒介として感情を絡ませて行く過程に子どもたちが媒介役として出会いをアレンジする展開は微笑ましく心暖まる。

 監督は「フェーンチャン ぼくの恋人」(03)のニティワット・タラトーン。コメディタッチのロマンスに仕上げ、アカデミー外国語賞のタイ代表にも選ばれた。本国では首都バンコクのみで約100万人を動員したと言う。日本でもこの手の甘い話は受けるだろう。

5月、シネスィッチ銀座で公開される。

「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」(日本映画):台北から最南端の灯台を目指して俳優・太川陽介と漫画家、蛭子能収と美女・三船美佳の3人は言葉の壁と台風による運休を乗り越えて路線バスを乗り継いで行く

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広告代理店時代の大クライアントAG社社長で、かつT大学演劇研究会の大先輩のMさんを介護ホーム「アリスタージュ経堂」に訪ねた。

祝日(11日)の午後、3月のような陽ざしに恵まれ、駒場時代の同級生N君が同行する。
N君はA社在籍中に総務部長の職にあったが警官上がりの部下が総会屋や右翼を饗応し便宜を計った「事件」に巻き込まれキャリア終盤に悲惨なサラリーマン生活を送った。
第一勧銀や野村証券などの一連の流れでマスメディアも検察も大事件にしてしまった。
上司が総て逃げてしまい監督責任を背負わされて執行猶予付きの判決を受けたが海外渡航もままならず不自由な生活を強制された。

定年退職後20年を経たN君は、Mさんに顛末を報告をするのに、Mさんに久しく会っていない僕も一緒したのだ。

「アリスタージュ経堂」は小田急線経堂駅から歩いても10分程度。駅からホームまでシャトルバスがある。勿論タクシーはワンメーター。

外観はホテルオークラ別館を思わせる重厚なこげ茶の壁に囲まれ、厳重なセキュリティを通り一歩踏み込むとグランドピアノを真ん中に白いソファーセットが1ダースも並ぶホテルを超えるロビーだ。中庭に日本庭園を望みロビーから個室や食堂、ジム、アトリエ、撞球室、映写室などに通じるドアもカードキーが無ければ入れない。

Mさんは84歳の時に80歳の奥さんをガンで亡くし、アメリカンショートヘアと一緒に入居した。ペットを飼っているので周囲を柵で囲った芝生の中庭があり南向きの日当たりの良い特別部屋を購入した。
主寝室、広いリビングルームにキッチン、バスルーム付きだが、ホームは賄い付き、それも和洋選択で三食食べられるので台所で調理をしたことは無いと言う。

小腹が空いたら玄関を出て道路を隔てたところに24時間営業の7-11がある。おむすびでもサンドウィッチでも好きな物が手に入る。

兄貴肌で会社の同僚(と言っても殆ど死んでいるが)後輩から今でも「松兄い」と呼ばれ月に2~3度はゴルフに行くし飲み会にも出る。
息子さんは余り来ないが薬剤師をして主婦の娘さんは車で10分程のところに居るので父親の健康管理で週に3度も顔を見せるという。

血圧も血糖値も正常値で悪いところは何処一つ無いと。
シニアライフをポジティブに満喫しているMさんは本当に羨ましい。


平均視聴率10%を誇るテレビ東京の人気旅バラエティ番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で、俳優の太川陽介と漫画家、蛭子能収のコンビにゲストとして女性タレント(マドンナ)1人を加えた3人が、「路線バス」を乗り継いで3泊4日の日程内に目的地への到達を目指す番組。

TVを見たことが無いし、そんなモンが何で面白いか?と思っていたが映画になったこの作品は意外と楽しめる。

制限時間内に目的地への到達を目指すことが第一の義務となっているため、出演者は観光を楽しむ余裕は無く時間に追われながら乗継ぎのために動き回ることになる。地理も路線図もバス運行の時刻表も与えられていない。

今までは日本国内だけだったが初めての海外編で台湾が舞台。
首都「台北」から最南端の「ガランピ灯台」へ3泊4日の時間制限内で到着できるか?と言う大命題が与えられる。
勿論ローカル路線バスの乗り継ぎで、鉄道や飛行機はダメだしバスも高速道路を走るものはダメ。
あくまでも地方を田舎を「ノンビリ」走行する乗り合いバスだけを乗り継ぐのがルール。

リーダーシップと計画性に富む太川は良いが、ノンビリと自由すぎる蛭子は何処へ迷うか分からない。
このでこぼこコンビに、マドンナとして三船美佳を迎え、日本を飛び出し海外版第一回目の「路線バスの旅」が始まる。

旅行ファンは台湾はたまらない魅力を湛えた国だが、観光地をパスし台湾の人たちだけが利用する路線バスだけで縦断する。観光地パスは見慣れない異国情緒溢れる名所旧跡の魅力もあり、それに1945年迄の日本統治の跡も残っていて思わぬものに出会う。

例えば「嘉義市」。
台湾中央部に位置する古い都市だ。
街の中央に銅像が立ち噴水を囲んで、ロータリーがありバスはロータリーを廻って走る。
昨年「KANO 1931海の向こうの甲子園」と言う台湾映画が日本で上映され感動をよんだ。

昭和6年台南州立「嘉義農林学校」は台湾代表として夏の甲子園「全国中等学校野球選手権大会」に初出場し、準優勝をしたのだ。松山商業出身に近藤浜太郎が監督に就任し、台湾人、中国人、原住民の高砂族らが混成するチームは優勝戦で後の優勝常連校となる中京商業と対戦し惜しくも破れた。永瀬正敏扮する近藤監督が如何に台湾を愛し嘉義に執着したかが分かる。

日本帝国は朝鮮でも中国(満州)でも大東亜共栄圏の名の下に住民に日本語を強制し日本名を付け日本文化を押し付けた。
中国や朝鮮は今でも恨んで日本を憎むが同じ日帝の支配下にあった台湾だけは早くから日本を許し、日本と親交を結んでくれる。

有り難いことだ。もっともこれは中国本土を追われた蒋介石が1947年から台湾を占拠し台湾人に圧制を引いたことにある。
2.28事件と呼ばれる本省人(台湾人)と外省人(在台中国人)の抗争はその典型的で
「犬(日本)が去って豚(中国)が来た」と台湾人は日本を懐か しみ慈しんでいる心があればこそだ。
このバス旅行の3人もそんな台湾人たちの暖かい歓迎を受けながら駆け足の旅を続ける。

旅の2日目に「台風21号」が台湾を直撃し、バスは全線運休、史上最大の危機に見舞われた。天災は如何ともし難い。しかしだからと言って「3泊4日」で最南端の「ガランピ灯台」へ到着できるのか?
舞台が海外に変わっても、ガチンコ旅のルールとノリは変わらない。
言葉の壁(どうやら通訳は同行しているみたいだ)と乗り継ぎ路線バスと台風と戦いながら、笑って泣いてボケて呆れてのバス旅は結構楽しめる。

新宿ピカデリーにて公開中

「ヘイトフル・エイト」(THE HATEFUL EIGHT)(アメリカ映画):猛吹雪の中山小屋に閉じ込められた8人には夫々過去の因縁に関わる憎悪の秘密がある。

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クエンティン・タランティーノ監督第8作目となる映画。

イヤー、面白かった。
3時間になんなんとする長尺ながら一瞬も飽きさせず画面に引きずり込む。
バイオレンスは熾烈で血がドバーっと噴き出し、画面が真っ赤に染まるクエンティン・タランティーノ監督がこんなに上手いストーリーテラーだと初めて知る。
それも本格密室ミステリーだ。

映画化まで色んな問題があった。長い間の構想し完成した脚本がネット上に流出し怒ったタランティーノが企画中止、制作ストップを宣言したのだ。

しかし改めて全面的に書き直した脚本は改善どころか遥かに質の高い物となり映画化が進められた。アカデミー賞でも女優助演賞を始め3部門でノミネートを受けている。

「イングロリアス・バスターズ」で321M「ジャンゴ 繋がれざる者」で425Mのヒットを飛ばし、昔なじみの70mmで撮った作品をクリスマスに100館で開けるという嗜好を凝らす。

70mmは60年代後半に「2001年宇宙の旅」や「サウンド・オブ・ミュージック」「バウンティ号の反乱」などシネラマ館(東京では「テアトル東京」)で見て以来の70ミリ・シネラマ作品になる。3DやImaxの出現ですっかり過去の遺物になったシネラマだ。

パノラマの外の吹雪も圧倒されるが室内に移行した際登場人物、8人の動きや表情が広い画面で細かく追える。

12月25日に10位はTarantino監督の密室ミステリー「The Hateful Eight」(邦題「ヘイトフル・エイト」GAGA配給:2月27日より丸の内ピカデリー他で公開)は70mmフォーマット100館で上映し4.5Mでベスト10に滑り込み。

1月1日から拡大興行に入り、3位に入り、70mmで100館の上映から2474館で拡大興行しての16.2M。
出口調査はB CinemaScore

ワイオミングの猛吹雪の中を駆ける6頭立ての駅馬車。そこへライフルを抱えた北軍の将校が馬車を止める。1939年のジョンフォード監督の「駅馬車」そっくりのシーンだ。もっとも猛吹雪の中では良く見えないがどうやら黒人でマーキス・ウォーレン少佐(サミュエル・L・ジャクソン)と名乗る。
南北戦争が終わって10年、軍隊を辞め賞金稼ぎが商売でクビに賞金が掛った3人の死体を引き摺っている。

 ニガー(黒ん坊)はダメだと乗客のジョン・ルーカス(カート・ラッセル)。こちらも賞金稼ぎだが自分で絞首刑にしたいので女囚人、デイジー・ドメルク(ジェニファー・ジェイソン・リー)を引っ立てている。

このジョンは女性だからと言って容赦はしない。気に入らない、言うことを聞かない、余計な口を出すとぶん殴るは蹴飛ばすは気性の荒さは傍目にも判る。
 南軍のウォーレンの名は有名でジョンは銃を御者のOBに預けることで乗車を赦す。
 
暫く行くともう1人。こちらは現役の保安官を名乗るクリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)目指すレッドロックに到着すれば保安官に就任するというので乗せざるを得ない。だがジョンはクリスは黒人殺しの南部略奪団の一員だと知っている。

そして4人が着いたのは男性洋飾衣店「ミニーの店」。
駅馬車の中継地点としているがこんな猛吹雪ではここで休息をとらざるを得ない。ミニーは留守で留守居役のボブ(デミアン・ビチル)と言うメキシコ人が4人を迎え入れる。ボブの他に3人の先客が雪に吹き籠められている。絞首刑執行人のオズワルド・モブレー(ティム・ロス)イギリス人だ。カウボーイのジョー・ゲージ(マイケル・マドセン)は母親とクリスマスを過ごすために帰郷するという。どっしりした老人は南部軍の将軍サンディ・スミザーズ(ブルース・ダーン)。
 先着の4人はどう見ても胡乱臭い。

 ここからウォーレン少佐の推理が冴える。先ず店の入り口に看板があった筈だ。「犬とメキシコ人お断り」と。無くなっていてメキシカンのボブが居ることはミニーはボブに殺されたと。ボブを射殺する。
 黒人苛めのスミザーズ将軍の息子を捕らえ裸にして少佐が自分のオチンチンを舐めさせた話を延々と聞かせる。ニガー!といきり立つ将軍も射殺。

 ボブが入れた不味いコーヒーをジョンが淹れ直す。ジョンのピアノに気を取られている隙に毒を入れられ二人死ぬ。
残った男たちを壁に立たせマニックスだけを呼び銃を持たせる。マニックスは一旦飲むがウォーレンの注意で吐き出したから信用が出来る。

このように1人1人射殺され、毒を飲んで死んでいく。アガサ・クリスティの密室ミステリー「そして誰も居なくなった」を下敷きにしていることは明らかだ。

最後に判るのはデイジー・ドメルクの弟がギャング団の親玉だが俺を殺しても雪が止み次第子分たちがこの小屋を襲うと脅す。ブラフとは思えないが「玉」を地下室から撃ち抜かれたウォーレンは気にもかけない。

ネタばれになるので詳しくは書けないが最後の最後までスリリングで緊張の糸は張り詰める。

 しかしタラチーノは黒人やメキシカンへの人種差別、女卑の言動やクソ野郎をズラリと並べポリティカルコレクションだと怯える映画人に勇気を持ってR映画に挑戦せよと励ましている。
そう映画ってのは「毒」が無ければ「腑抜け」なのだ。

タランティーノ一家のサミュエル・L・ジャクソンやティム・ロス、カーと・ラッセルといったおなじみのベテラン・キャストたちが、誰も本音を言わないいわくありげなクセ者たちを演じる。

タランティーノ映画としては「キル・ビル」を超える作品。見逃せない。

2月27日より新宿ピカデリー他で公開される。

「ヒーローマニア-生活-」(日本映画):荒果てた商店街を守るため夜な夜な巡回パトロールで悪漢を退治するオカシナ4人の男女の「自警団」

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短編の名手、ジャック・リッチーの名は「ヒッチコックマガジン」やエラリー・クィンの「EQMM」などで知っていたが単発的だった。
それを纏めた短編集「ジャック・リッチーのびっくりパレート」(ハヤカワ・ポケット・ミステリー:2016年1月刊)はデビュー作から遺作まで、日本初訳の全25篇を収録したオリジナル短篇集。

1950年代から死ぬ1982年まで4世代の作品の総集編は興味深かかった。

ジャック・リッチーは1922年ウィスコンシン州生まれ。「エミリーがいない」でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀短篇賞を受賞。1983年61歳で没。

死体がゴロゴロ転がり殺人や銀行強盗が頻繁に登場するがユーモアをまじえてさらりと書いていつので嫌味は無いし笑って過ごせる。
しかし世の中進歩し洒落もすすんでいるので如何にもネタは古い。

僕が気に入ったのは
「お母さんには内緒」(But don’t tell your mother)
スーパーマーケットに買い物に行って車のトランクを開けたら死んだ男と48,280ドル入ったカバンを見つける。
男はスーパーの隣の銀行へ強盗に入り蓋が空いていたマリアンと私の車のトランクに潜り込んだ。
強盗の名はブラニガン。異常なまでに赤い顔をして死んでいた。
マフラーが故障していてトランクの中に一酸化炭素が充満していたのだ。
盗難のお金は保険が効くし、そのお金を自分たちが持っていても誰かが傷つく訳でもない。

分かったことは不具合のあるマフラーは危険なシロモノだと言うこと。


 日本映画にどんなヒーローが現れるか?と期待して見詰めるが主人公たちが弱ッちいので呆れる。
福満しげゆきの傑作人気マンガ「生活」の映画化だと言うが原作を読んだことが無いので、どんなヒーローが現れるか見当がつかない。

冒頭に映し出されるのはシャッターが下りた商店街が並ぶ地方都市堂堂市。
仮空の市だがロケは豊島監督の故郷、浜松市らしい。

「なごみ商店街」にはホームレスの群れがそこここに集まり、道端に炊き出しや怪しげな屋台が並ぶ。リサイクル店の中古TVには環境汚染や貧困、テロなど暗いニュースばかりが流れている。

最近流行りは「オヤジ狩り」ならぬ「若者狩り」で「若者殴り魔」が出没する。
ハリウッド映画の近未来はいつだって「デストピア」。
街は荒廃して人々は互いに信用せず相手を襲う。だから日本でもこの状況は肯ける。

「デストピア」状態はそんなに酷くは無いが、締まったシャッターが立ち並ぶアーケード商店街でポツンと一軒空いているコンビニのバイトをしながら鬱々とした日常を送っていた中津(東出昌大)。
コンビニはどんな環境でも生き残るゴキブリみたいなものだ。
中津は毎日立ち読みをしている土志田(窪田正孝)に出会って人生が変わる。

バイト中にたちの悪いチンピラに絡まれ所持金を巻き上げられる。
チンピラたちが店を出た途端、全員倒される。傍で飄然と立っていたのは週刊誌を立ち読みしていた赤いニット帽の青年、土志田だった。

跡を付ける中津にも気付かず土志田は袖口から巻尺のようなワイヤー発射機を取り出してアパートのベランダに干してある女性下着を引っ掛けて盗む。「下着泥棒」だった。

下着泥棒は目を瞑り、その格闘技の強さに惹かれた中津は「この腐った街からクズたちを一掃しよう」と持ちかけ二人して「ヒーローになろう」と夜の警備を始める。そこに変なオッサンに出会う。「若者殴り魔」の日下孝蔵(片岡鶴太郎)だ。定年間際のサラリーマンながら世の中の「生態」が若者で崩れるのを防ぐのだと金ズチ2つを武器に悪漢を退治うる。
正義漢溢れるヒーローたちの存在理由を証明する「自警団」が結成される。

その男3人に下着を盗まれた女子高生、カオリ(小松奈菜)が加わる。下着泥棒を警察に通報しないから自警団に入れろと強迫する。カオリの武器は冷静沈着と観察力、分析力。自警団の戦略家だ。

チーム4人は間もなく凶悪犯罪者集団、佐々木(村上和成)、吉川(黒田大輔)そして一番の凶悪で最強の謎の黄色いレインコート男たちと対決を迎える。

自警団4人はコテンパンにレインコート男にやっつけられて目も当てられない。何がヒーロー映画だ、カタルシスも無いじゃないかと憤りながら見詰める。

主演は東出昌大は、モデル後「桐島、部活やめるってよ」と訳の分からない映画のデビュー主演で人気となり「クローズ」や「寄生獣」「GONINサーガ」で売れっ子ナンバー1と旬な役者に成長している。
ヒーローのイメージとは程遠い「ヘタレでダメダメな主人公」を等身大で演じ切って、新たな境地を切り開いている。

相手役の窪田正孝はTVドラマの売れっ子、CMなどで頻繁にTV画面に顔を出す。話題映画「64」が楽しみだ。

19歳の小松菜奈は見たことが無いがこの芝居が出来るなら今後が楽しみだ。

ベテラン片岡鶴太郎が生態は若者で崩れるとヘンテコな理論を引っ提げてカナズチを振り回すのがオカシイ。

忘れてはいけないのはオカッパおばさん(山崎静代)。何やらブツブツと呟きながら商店街をさすらっているが、いざと言う時に途轍もないバイオレンスを披露する不気味な存在だ。

監督、豊島圭介は語る。「福満しげゆきさんの傑作マンガ「生活」をとうとう映画化することができた。性別も個性も異なるデコボコな四人組がチームを組んで腐った世の中に戦いを挑む。日本映画には珍しいアクション・コメディーに仕上げた積りだ」と。
アメリカで映画の勉強(AFI)した後「怪談新耳袋」で監督デビュー。「ソフトボーイ」や「裁判長!ここは懲役4年でどうですか」が面白かった。


5月7日より丸の内東映他で公開される。

「ハロルドが笑うその日まで」(HER ER HAROLD/HERE IS HAROLD)(ノルウェー映画):安売り家具「IKEA」で倒産した重厚な北欧家具店店主ハロルドは復讐のため「IKEA」創業者を

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 吉川永青の「悪名残すとも」(KADOKAWA:2015年12月刊)はずっしりと胸に応える時代小説だ。主人公の陶隆房(すえたかふさ)のことは何も知らなかった。
小説は天文9年(1540年)の師走、未だ20歳の若い頃から始まる。毛利元就の居城、安芸国の郡山城に尼子軍が攻めた時に、1万の援軍を引き連れて若き美丈夫の軍師、陶隆房が現れた。毛利氏を従える大内義隆の筆頭家老であり、援軍の大将を務め、見事な戦略で尼子軍を打ち破る。
爾来、隆房は元就の戦友にして親交を深めて行った。

だがその翌年出雲に侵攻した隆房の軍は内部の統制が取れずに敗走を余儀無くされる。そのこともあって大内氏内部で文治派が台頭し坊主上がりの祐筆、相良武任が大内義隆に取り入り武断派の隆房は追い詰められて行く。

奸臣・相良の甘言で主君義隆は戦離れになり、派手な宴や能などの文化への傾倒と浪費は年貢だけでは足りず、天役(臨時徴税)を連発し領民は塗炭の苦しみに陥る。
迫り来る隣国の侵攻や疲弊する大内氏を立て直すため、隆房は幕臣たちと語らい義隆を「押し込め」(強制的に隠居させる)を決意するのだった。

隆房は飽く迄も大内氏存続を念頭に義隆を押し込めようとするが、親友毛利元就は隆房の謀略を事前に知りそれでは生温いと忠告する。西国は大内氏に代わり陶隆房が差配しなければならぬと。毛利氏は隆房に従うと。だが陶隆房には大内氏の存続以外の大志は無い。
そして毛利元就の5000の軍勢と陶隆房率いる2万の大軍は元就の本拠地、厳島で戦いの火蓋を切る。
だが水軍を利用し謀略に長けた元就の戦法の前に惨敗を喫した隆房は瀬戸内海の浜辺で生涯となる。

大内氏存続のため何故自分は「悪名残すとも」下剋上をしなければならなかったか、戦国の武将、陶隆房の心情が濃密に描写されている上質の時代劇だ。
著者の吉川永青は47歳、吉川英治文学賞新人賞の候補となった位で未だ世に出ていない遅咲きの作家だが、この時代劇は吉川の出世作となるのではなかろうか。


こだわり家具店の主が世界最大の家具販売店IKEA創業者の誘拐を企てる、北欧発のヒューマンドラマ。
よりによって自身の店の隣りにIKEAの巨大店ができたことで全てを失った男と、地位も名誉も手に入れた時代の寵児という正反対の境遇の男二人と、誘拐計画に加わる孤独な少女が織り成す道中を描く。主人公のハロルドを演じたビョルン・スンクヴィストは、ノルウェーのアカデミー賞とされるアマンダ賞で最優秀男優賞を受賞した。

大きなスーパーマーケットが建つとその近辺の商店街は寂びれ潰れて行く。弱肉強食の商業主義、資本主義は世のならいだが、こうまでハッキリと安いチープな家具と名指しで「IKEA」に戦いを挑む伝統の家具店店主の主張を描いて良いのだろうか?実話だと言うのでハラハラしながら見詰める。

ノルウェーの街オサネで40年以上も自ら手作りで品質にこだわった家具を
製造し販売して来たハロルデ・ルンデ(ビョルン・スンクヴィスト)。妻マルニィ(グレテ・セリウス)と共に店を長年支えてきた。
400年前と同様に、亜麻仁油とニスで丁寧に磨き、イタリア製の布地を貼った椅子など世代を超えて愛される伝統的家具に拘って来た。日本でも「北欧家具」と言えば質も高いし人気もあるが確かに値段は高い。そして和洋を問わず重厚長大なものは軽薄短小に取って替わられる。

伝統的北欧家具のルンデ家具店に道を隔てた隣りにスェーデンに本社を置く「IKEA」の北欧最大級の大型店、ショッピングセンターができる。
雪の夜に小さな2階建ての家具店の壁にルンデ・家具店と書かれた小さなネオンが光る先に5階建ての白い近代的なビルに「IKEA」のイルミネーションが光輝く光景は対照的だ。

客足は絶え、メルセデスのローンは払えず持って行かれ、破産したルンデ家具店をたたまざるを得なくなってしまう。さらに病弱な妻マルニイもアルツハイマーで倒れ入院させるがあっと言う間に命も消え去ってしまう。

愛する総てを失い、人生に絶望したハロルドは店にガソリンを撒き頭から灯油を被って自殺をはかる。しかしスプリンクラーが作動し店は焼けたがハロルドは生き残る。
怒りに震える彼は、IKEAの創業者カンプラード(ビヨーン・グラナート)への復讐を画策する。

その前に長男のヤン(ヴィダル・マグヌッセン)に別れを告げようと訪ねると相変わらず泥酔し地下室に作った射撃場でコルト45の試射を一緒にする。
子ども3人を連れて帰宅したヤンの妻は怒り心頭。タブロイド紙記者をクビになった上に泥酔の毎日に愛想が尽きたと離婚を宣言し家を出る。

これも「IKEA」の所為だと、ヤンに別れを告げ、カンプラードを誘拐するためIKEA誕生の地、スェーデンのIKEA発祥の街、エルムフルトを目指す道中で、偶然出会った家出少女エバ(ファンニ・ケッテル)も「大富豪誘拐なんて面白い!」と計画に加わる。
こんな若い娘が家出とは何故?との疑問は淫乱の母親を見てハロルドも納得する。
映画の後半で若き時に新体操の選手だった母親が、リボンダンスをレオタード姿で演じてみせるが、雪深い窓の外の原っぱでの演技は頑張って見せるだけに寒々しい。

カンプラート誘拐にどんな謀略があるのかと観客は映画を見ながら考えている。
何のことは無い。雪の降り積もった交通が途絶えた道路でカンプラート自身がロベルトの車目がけて手を振っている。車が故障し乗せて欲しいと。

ハロルドとエバは早速カンプラートを誘拐したことを宣告するが、ハタと気付くのは、「身代金をとるのか?」または「過去のスキャンダルを告白させて社会的地位を貶めるのか?」

カンプラート自身も幸せでは無い。
え第二次大戦中にナチに全面協力した国家社会主義者、脱税で税務署から責められ、児童を働かせた未成年就労の問題など大富豪となった今も心理的なプレッシャーを受けている。

今は大ホテルに泊まっているが「誘拐」が直ぐに露見するだろうからと、カンプラードの提案でトレイラ―に移動する。誘拐された身の上だと認識しているのか分からない。それでも逃亡を企て凍った湖の薄い氷が割れて助けを求める。ハロルドが救助に向かうがやはり嵌ってしまう。エバが木の枝を差し伸べて助けるが氷水に漬かった二人はガタガタ震える。

ここが一番の傑作なのだが「二人とも裸になって抱き合い『暖を取ること』と」エバの言うことも尤もで、裸の老人二人が全裸でハグするシーンは大笑いだ。
誘拐事件はTVニュースでも報道される。ヤバイと感じたハロルドはカンプラートを釈放する。車でエバと逃走するが、トランクで変な音が。開けるとカンプラートが寝ている。ドタバタコメディだね、これは。
外へ出たら寒いからトランクに潜り込んだと。
どんなに寒くとも雪が深く積もっていてもハロルドのオンボロ「ボルボ」は一発でエンジンがかかり4輪駆動で滑らずにバックも前進もスムーズ。
誘拐されているカンプラートが誇らしげに言う「さすが、我がボルボだな」そう、ボルボはスェーデンの国民車なのだ。

実話に基づく映画化だが、北欧のユーモアは間が抜けていのか、ゆるくて面白い。でも誘拐されたのは事実だから警察は何か告訴でもしたかと思われるが、映画は何も触れない。ケジメを付けたがる日本の観客にはイライラするだろうが、アメリカ人はもっと気が短い。北欧で大ヒットのこの作品、アメリカでの公開予定は無い。

主人公ハロルド役を演じるのは、ノルウェーを代表するベテラン俳優ビョルン・スンクェスト、ハリウッド映画「ヘンゼルとグレーテル」(13)で見た顔だ。共演のグラナートもケッテルも馴染が無い。

監督・脚本はノルウェー生まれのグンナル・ヴィケネ。この作品は監督4作目となる。北欧風ユーモアをふんだんに盛り込んだ作風はどうも日本人にはピンと来ないが、「ゆるい」映画を楽しむ余裕はある。

4月16日よりYEBISU GARDEN CINEMAにて公開される。

「ヒメアノール」(日本映画):高校時代の「イジメ」が人格や性格まで変えてしまいサイコ・キラーになってしまった若者

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「イジメ」を起点に人格や性質まで変わって凶暴な別人物になってしまうこの映画の発想は面白い。

 田舎から出て来て、フリーターとして定職を持たずビル清掃会社でパートタイマーとして働いている岡田(濱田岳)。変化の無い日常と孤独に不安と不満を抱いているが、如何ともし難く黙々と清掃をこなしている。

 サエない先輩の安藤(ムロツヨシ)からトンでもない頼みごとを受ける。かねてから想いを寄せるウエィトレスのユカ(佐津川愛美)との間を取り持って欲しいとキューピッド役になってくれとユカの働くカフェに向かう。

 安藤はガミガミと口煩い上司だが、こと女性のことになるとナイーブで声もかけられない。ユカを「天使ちゃん」と呼び、自分の人生の「運命の女」と位置づけるが本人に声を掛けることも視線を合わせることも出来ずただ遠くからじっと眺めているだけだった。

 安藤を演じるムロツヨシという俳優はいつも脇だが存在感がある。
世間が自分をどう見ているかを気にかけながら思い詰めた女性にピュアな情熱を傾けるがそれは常識の域を超えている。

 カフェで高校の同級生森田(森田剛)と出会う。
森田は、ユカを付け狙ってカフェに日参していた。
だから安藤も気になって森田はどう言う男かを探っていたのだ。
森田がカフェに現れるようになって妙な出来事がユカの周りで起こり始める。

 茶髪になった森田は高校時代とは全く変わっていた。
森田は高校の同級生だったデブの和草(駒木根隆介)を脅して現金を受け取っていた。
和草の婚約者(山田真歩)の父親の経営するホテルの金庫から金をくすねる和草を見咎める婚約者。

 和草も森田も高校で苛め抜かれていた。
犬の糞を食わせられたり、皆の前でオナーニをさせられたり。
卒業式の1週間前に苛めの首謀者、島田を呼び出し二人がかりで撲殺したのだ。和草はそんな勇気が無かったが森田の言うままに殴り殺して森中に穴を掘って埋めた。それを婚約者の父親に告げると脅されて100万、200万と用意したのだ。

 和草と婚約者はこのままではズーっと脅迫される、森田を殺そうとアパートまでやって来るが逆に森田にナイフで刺し殺され、森田はガソリンを2つの死体に撒いて火を放つ。2階まで延焼し3人が焼け死に、和草たちと併せて5人が死ぬ。

 森田は警察の目を逃れ、通りかかった主婦の邸宅に上がりこみレイプして刺し殺す。帰って来た亭主も近所から夫妻揃って姿が見えないと通報を受けた交番の巡査も刺し殺す。

 連続殺人魔、シリアル・キラーと化した森田。
ジャニーズのV6・森田剛の映画初主演と言うが、板についたサイコ・キラー振りだ。
それも欲望のおもむくままに殺人を楽しむ快楽殺人者。

 ミュージシャンは役者にすると訓練を積んだ俳優より上手い。音楽も映画も内面をどう表現するかに専心するからだ。
 
 一段落すると森田はユカを狙い始める。しかしユカはカフェを辞めている。ユカのアパートに駆けつけ扉を足蹴にするが隣りの男から注意を受けるとその男の部屋に上がりこみ刺殺してしまう。

 一方、ユカは上司に頼まれてアプローチして来た岡田に一目惚れ、逆に岡田を口説く場面がオカシイ。
岡田を演じる浜田岳はウブで小心役はパターン化しているが上手い。
自分も「好きだ」と遂に告白してしまう。
ストーカーで陰から見ていた安藤が「ワー!」と絶望的な声を挙げて逃げ去る。

それから安藤は1週間会社に出てこない。アパートを訪ねるとチェーンソウを用意し岡田をバラバラにすると脅す。

 そこで岡田とユカは内緒で安藤の目の届かない所でデートをする。
ユカと岡田のラブホの場面が笑える。
岡田はコンドームの付け方も知らない。
「それ逆さまよ」と正しい装着を教える。
岡田は童貞、ユカは14歳からのヤリマンで男経験豊富。
でも岡田は憧れのユカが手に入ったと過去に目を瞑る。
騎上位、バック、フェラチオとスリムなヌードをたっぷり見せながら佐津川愛美演じるユカは岡田を翻弄する。

佐津川愛美は脇で見た事がある顔だが大胆な裸で重要な役を貰ったものだ。美人では無いが楚々とした感じで一件ウブ、実はヤリマンと言うのが良い。

 岡田のアパートに避難し幸せな生活を送る岡田とユカに忍び寄る森田の影。
後半はサイコ・キラー化した森田の魔手からどう逃げるかという緊迫のシーンが続く。

「ヒメアノール」とは、隊長10センチほどの小さな蜥蜴で猛禽類の「エサ」になる。つまりここでは強者の餌になる弱者のことだそうだ。捕食者と被食者、この世には二種類の人間しかいないと言う原作者の古谷実は言う。

 原作は2008年~2010年に「週刊ヤングマガジン」で連載された古谷実の漫画で、単行本は全6巻。

脚色と監督の吉田恵輔は「麦子さんと」「銀の匙 Silver Spoon」など過去の作品があるが、この「ヒメアノール」が一番の秀作ではないだろうか。。

 5月28日よりTOHOシネマズ新宿他で公開される。

「ふたりの桃源郷」(日本映画):山奥の夢見たユートピアで二人仲良く一生を送る老夫妻の生き様。

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 大きな病院には食堂が必ずあるが最近では洒落たカフェがある。
中島たい子の「院内カフェ」(朝日新聞出版:2015年7月刊)は大病院のロビーの片隅のカフェに出入りする客たちの夫々のエピソードを暖かい眼でユーモアをまじえた目で捉えた群像劇だ。

 中島たい子を僕は初めて読む。1969年東京生まれの46歳。多摩美を出て放送作家や脚本家を経験して2004年に「漢方小説」ですばる文学賞を授与され小説家デビュー。
 
「院内カフェ」の主人公が作家自身だとしたら、週日は主婦業に励み家で執筆活動し、週末のみカフェでアルバイトをしている訳だ。
バックヤードとカウンターでは村上君と言う若いが経験豊かな相棒と組んでカフェ内でウェイトレスを務める。

 病院内にあるカフェが舞台。病院ではないけれど、普通のカフェとも少し違う。
土日だけレジに立つ、主婦で作家の亮子。亮子の夫は脱サラして自然酵母で作るユニークなパン屋を営む航一。
 病院でも外界の俗世間でもない場所。このカフェはそんな位置づけで語られる。医師も患者もその家族も、同じように現れては飲み物を注文し、飲んで帰ったり持って帰ったり。患者は自分が「病人」であることから少し離れ、家族は「介護人」であることから少し距離を置く、そんな異次元の空間。

原因不明の難病患者である孝昭と、その妻・朝子。長年不満を抱えた朝子はある日飲みかけの「ソイラテ」を孝昭にぶち掛けて店を飛び出す。
以来「マダム・スプラッシュ」と主人公が名づけた朝子は突きつける離婚届まで用意するが、しかし、ある方法を編み出す。病室に行かずカフェで一人静館かに過ごす。夫が病室から降りて来る。これなら嵐にのみ込まれずに夫のそばに居られる。

 カフェ常連客には変わった男がいる。ウルメと主人公が呼ぶウルメイワシのような目に光をたたえてメニューを毎回読み上げる。「カラダにいいヤツ、なのかな?」
総て読み上げてから「ホンジツのコーヒー、のエス(S)」

病院ロビーの会計ロビーからサンダルの音をパンカパンカと響かせ、医師が着用するスクラブの青いシャツの上に白衣のコート、スマフォを片手に入って来るのは「ゲジデント」。眉も体毛も濃いのでレジデントにかけてゲジデントと主人公が名づける常連客。週末には偉いドクターが現れないので偽医者かも知れない。いつ呼び出されるかも知れない風を装ってウルメ同様いつも長居をする。
 
 主婦で作家の亮子は色んな客を興味深く眺めてユーモアを交えながら群像劇を描き出す。夫々の人物を深耕していないが意外と軽く面白く読めた。


 新橋から銀座を通り京橋へ向う高速道路の地下一階にある小さなTCCでの試写会。
今日山口から上京して来たと言う佐々木聡監督が2時半の上映後に挨拶に立つ。
いつまで経っても黙って口を開かない。
突然感極まって涙をこぼし始める。

「この映画を完成させこんな沢山のお客さんに観て頂いて胸が一杯になりました」と。正直な人だ。若く見えるが40台半ばとベテラン。

 日テレ系山口放送(KRY)のディレクターでKRY創立60周年記念ドキュメンタリー番組を映画にしたものだ。
TVドキュメンタリーの映画化の常連は東海テレビ(THK)だが2年前にもテレビ新潟(TeNY)の「夢は牛のお医者さん」が感動的だった。

 何れも制作費の無い中をディレクターやプロデューサーなど現場担当者が長い年月をかけて主人公を追いかけている。

 この映画も老夫婦を25年間にも亘り撮影している。その間を子どもたちの8ミリやビデオ、更にはアメリカワシントンDCの国立公文書館のニュース・フーテージも含まれており多大な努力と調査の成果が伺われる。

映画の冒頭、空撮で緑の山林や野原に囲まれた小さな家が写る。
山口県岩国市美和町から車で30分程入った山の中。
主人公は小さな山小屋で暮す田中寅夫・フサコ夫妻。
電気も水道も電話も通じていない山奥のポツンと立つ侘しい山小屋。傍に廃車のバスがあり二人の寝室だ。

映画は戦争前、昭和13年(1938年)二人が結婚した写真から始まる。この時寅夫は24歳、フサコ19歳。寅夫は凛々しいハンサムな若者、フサコは美人とは言えないがティーネージャーの溌剌とした娘だった。

 寅夫は兵隊にとられ中国から南方へ転戦したが幸い五体満足で終戦(1945年)と同時に復員。住んでいた大阪が空襲で焼け野原になっていた。
 農地改革でフサコの故郷に近い山を買い、開墾して田畑を耕し始めたのが昭和22年(1947年)、寅夫33歳、フサコ28歳だった。

 山で暮して14年、昭和36年(1961年)に3人の娘たちを育て上げるため高度成長に湧く大阪に戻った寅夫は個人タクシーを営む。

 子育ても終わり、義務を果たした夫婦は還暦を過ぎた二人は愛する山へ無性に戻りたくなり18年振りに山小屋へ帰って来る。
時に昭和54年(1979年)寅夫は65歳、フサコは60歳になっていた。

 この時からさらに14年経った平成5年(1993年)から、山口放送のカメラが追い始める。寅夫は79歳、フサコは74歳になっていた。25年も追い続けた忍耐と労苦持続性に敬意を払う
佐々木監督も第一回目の東京での試写は感無量だった訳だ。

自分たちで収穫する季節の野菜、山から引いた湧き水で煮炊きをし顔を洗い風呂に漬かる。月に一回娘たちからの手紙が届く。
畑はあっても田んぼは無い、だから米だけは月に2回町まで降りて買う。年金は二人合わせて月7万円。お金を引き出すATMは何度やってもカード差込口をや暗証を間違えて時間がかかる。老いはそこまで迫っている。

年金で米や肥料や薬、洗剤などの必需品を賄う。
かけがえの無い山小屋生活。二人には静かで満ち足りた生活だ。

寅夫はシャキッと背筋を伸ばし元気に歩くが腰が曲がったフサコは夫の腕にしがみ付き離れないように早足で歩く。物忘れの激しくなったフサコを庇う夫。山奥の細道を歩く二人のシルエットは美しい。

だが寅夫が肺炎や心臓発作、フサコが痴呆症を患い、入退院を繰り返す両親を案じる娘たちは山を降りて欲しいと繰り返し訴えるが老夫妻は聞く耳を持たない。

カメラは大阪や奈良に住む娘たちが両親を呼び寄せ旅行をし宴会をする模様を追う。しかし最後に挨拶に立った寅夫は「皆の世話にならない。自分たち夫婦は山を降りない」と宣言する。声にはハリがあり、子どもや孫たちの落胆の表情は隠せない。

 子どもたちは老夫婦を寅夫夫妻は娘たち孫たちを思いやる心から出る論議と葛藤。感動的な遣り取りが続くが、結局老夫婦は山に居続ける。

平成19年(2007年)寅夫は93歳で亡くなる。天寿を全うしている。アルツハイマーのフサコは「お爺ちゃん何処だ?」と探し回る。
山へ薪を取りに行っていた日常を思い出し、峰に向って「オジーチャーン!」と叫ぶ大声は澄んで綺麗で年寄りの声では無い。山へ老夫婦を見守るために大阪堺市のすし屋を畳んだ三女が、「ほら、お爺ちゃん返事したでしょ」と騙そうとするが「ウンにゃ、何も聞こえん」とフサコ婆さん。

そのフサコも平成24年(2012)に入院した施設で寅夫と同じ93歳で後を追う。
かつての寅夫とフサコ夫妻に代わって三女の平松夫妻が耕す田畑を、映画の冒頭同様に空から緑の山林や野原を俯瞰する。

「ふたりの桃源郷・最期まで山で、最期まで夫婦で」のキャッチコピーが効いている。

5月ポレポレ東中野にて公開される。

「バット・オンリー・ラブ」(日本映画):咽頭ガンで声を失った宏は妻晴美と仲良く老年の生活を平穏に過ごしていた

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 昨年京都にセカンドハウスを購うなど余裕があったが、今年になって株が暴落し手持ちの現金がショートし始めた。

 考えてみれば緑内障と告知されて以来、車に乗っていない。2年前にメルセデスのCLAでAMG仕様の真っ赤な車は2000キロも走っていないしこれからも乗る積りは無い。

 懐のキャッシュフローを良くしようと今週の初めに「あなたのベンツを高く買います」と繰り返しネットで知らせてくる「インズウェッブ」にセールの告知を送った。
電話が1ダースほどその日の内にかかってきた。

 その中から6社を選んで査定して貰い買い取り価格をオファーして貰う。
最低が450万円、最高は500万円+α。
ヤナセに聞いたら皆高めに出しているから売りなさいよと。
CLA180AMGラインの色はレッドで希少価値はある。
CLAの日本発売は2015年で2013年暮れに購入した時はドイツから2台だけ輸入した陳列用だったが僕が希望して陳列1ヶ月後に納車された。
かなりの愛着があったが僕を取り巻く環境が悪化し始めて仕方が無い。

 500万円超のオファーがあったAG社に決めようとした矢先にTU社から電話があった。ベンツを中心に中古セールをしているので僕の車に関心がある。
500万超だよと牽制するとそれ以上出すと言う。別に拒むことは無いので査定を擦るように頼んだ。

 昨夜、9時半過ぎに帰宅するとTU社の若い営業が待っていた。
「30センチほどの筋跡が右側のドアにあります」と言うのだ。確かに白い筋が赤い扉にくっきりと刻まれている。

 6社の査定が終わった木曜までは気づかなかったから驚いた。
査定はエンジンを掛けるだけでこの1週間車は1センチも動かす訳でないので擦過傷など着く筈が無い。業者の誰かが値段を下げるためか、自分のところで落ちないとみてやった仕業ではないか。

 疑わしいのは6社査定競合で500万のAG社と最後に滑り込んだ7社目の傷を発見したTU社。
しかしそこで疑惑を追及しても始まらない。
ハッキリしていることは、これでは500万では売れないと、TU社の示す450万でその場で手を打ち書類にサインをしてしまった。

この際50万円の差額のダメージは口惜しいがどうにも仕方が無い。
色んなことがあるもだ。人生長いと不条理な経験もする。


 日活ロマンポルノが終焉し低予算成人映画が流行った1990年代にピンク四天王:佐藤寿保、サトウトシキ、瀬々敏久そして佐野和宏。
成人映画界から干されたうえに病気で仕事が物理的に出来なくなったこともあって佐野和広は遠ざかっていた現場に18年振りに復帰をした。脚本はともかく演出、撮影などは昔取った杵塚で充分に見せるものがある。

 病気(咽頭ガン)で声を失い、仕事も辞めたことで、妻晴美(円城ひとみ)との二人の生活を楽しんでいる初老の男、佐々木宏(佐野和弘)が主人公。いきなりベッドシーンから始まるのは如何にも佐野らしい。
その気が無い晴美の胸を揉み、下半身にゆっくりと手を伸ばすと、やがてあえぎ声が晴美の口から洩れる。
 AV女優からスタートした円城にしてみれば裸の露出なんてドウってことは無いが、何しろ47歳で肌の艶は無いし裸になると三段腹でヌードは売り物にはならない。
それでも豊満な胸だけは昔のままで冒頭の濡れ場も無難にこなす。

 佐野和広はピンク出身で監督脚本主演と何でも屋。だから迫る夫役も上手い。
還暦を過ぎても筋肉質の身体には締まりがあるが頭髪は抜け落ち殆ど禿頭。

 咽頭ガンで声を失った宏は晴美との会話も筆談で仲睦まじく長年の夫婦は、以心伝心で若い頃に戻ったような琴瑟相和す生活を送っている。
 
 そんなある日、結婚していた娘の久美子(芹沢りな)から言われた言葉に衝撃を受ける「わたしは誰の子?」
O型の母とAB型の父親の血液型から医師から告げられた自分の血液のような子は生れないと。久美子は不妊治療を受けていたのだ。

 自分の所為で子どもが出来なかった晴美が「人工受精」をしたことを隠していたのだ。正直に言えば済むことだが久美子に迫られても答えない。

 妻にも言わず自分だけで解決しようと悩む。小さなバーでグデングデンに酔っ払う宏。
そのバーで話しかけて来た人懐っこい山岡国夫(飯島洋一)に誘われるままに温泉旅行に宏夫婦は行くことに同意する。

当日迎えに来た山岡は妖艶なパートナー、水沢千絵(酒井あずさ)を連れてきた。
4人で温泉旅行に行き楽しもうと言うのだ。勿論4P込みと観客にはわかる。車内でリモコンを渡された宏はスィッチを入れると千絵は悶える。

温泉に漬かる晴美と千絵。円城の裸の三段腹は思わず目を背ける。
酒井あずさ(本名は風見京子)もAV出身、艶技には自信がある。
40代前半で円城より若い分裸身も見られる。

 宴会で晴美はグデングデンに酔っ払い山岡に抱かれて隣の寝室へ。千絵と宏は抱き合うが何も起こらない。突然ガバと立ち上がり部屋から抜け宿を飛び出し雪の温泉街を彷徨う。訳が判らない。

 残された千絵は山岡と晴美の絡みに加わりバイブを使い3Pで大張り切り。

 変な宏のフィロソフィーを盛り込まず成人映画に徹すれば良いと思うが、18年振りの復帰に力が入ったのだろう。
 女優たちにはガッカリするがそこそこ見られる作品に仕上がっている。

タイトルの由来はModern Talkingの「Only Love Can Break My Heart」佐野の好きな曲なのだろうか?

 4月2日より新宿K’s Cinemaにて公開される。

「9つの窓」(日本映画):AKB48のメンバーが9つのエピソードに主演するSFアンソロジー映画

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今晩(21日)の深夜、1時20分から放映されるTBSのドキュメンタリ番組「報道の魂」を見てほしい。
僕の主宰する慈善団体「オペレーション・スマイル」がマニラで口唇口蓋裂の子供たちに無料手術をする模様が放送される。
 今年も今現在、日本人の医師たちがマニラへ飛んで手術をおこなっている。
日本の形成外科医は優秀で各国で待ち構えているのだ。特にフィリピンでは人口が1億人だが形成外科医は75人しか居ない。


「このミステリーがすごい!三つの迷宮」(宝島社:2015年11月刊)はタイトルに惹かれて読んだが3篇の中編は何れもナミの出来で時間の無駄だった。

3人の「このミステリーがすごい」大賞受賞者が書き下ろしている。

36歳の喜多喜久は大手製薬会社の研究員が本職だけにデビュー作「ラブ・ケミストリー」を始め「化学探偵Mr.キュリー」シリーズなど何れも化学を題材としている。
この「リケジョ探偵の謎解きのラボ」は大学教授が自宅の自室で謎の死を遂げる。目立つ外傷もなく眠るように死んでいる教授を内部から鍵がかかっている密室でどうやって殺すことが出来たか?

「さよならドビュッシー」などで3人の中では一番売れっ子の中山七里(54歳)の「ポセイドンの罰」が一番詰まらなかった。優秀社員表彰で社長の工藤から東京湾クルーズに招待された4人が苛め抜かれた社長に復讐する話だが「ドンデンの帝王」と呼ばれる中山のドンデンの冴えが無い。

降田天は鮎川颯と萩野瑛の二人が書く作家ユニットで「女王は帰らない」で昨年(15年)に受賞しデビュー。
収録されている「冬、来たる」は父親が戦後昭和22年に復員した時に戦友の息子として連れて来た3歳の男の子。その出自を巡って暖かな家庭に影を落としていたが5歳の時に突然行方不明となり死んだと思われる。
母親の葬儀の時に突然25歳の青年が現れ3人の姉たちに挨拶するところから、その過去や経緯を探る。これも大したトリックも無いし詰まらない。


 下手な脚本、未熟な演出、拙い芝居しか出来ない役者。いくらショートフィルムと言っても10分だけでウンザリする。

土曜日(20日)の土砂降りの午後、タイトルに興味を惹かれシネマートスクリーン2に出かけた。先客は10人ほど居る。
エピソードに主演する主人公たちはAKB48のメンバーだ。つまり下手な役者とは彼女たちのこと。
前田敦子や大島優子、秋元才加や渡辺麻友などが抜けたAKBにはモノになる女優は居ないのかね。

米アカデミー賞公認の国際短編映画祭の「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」とAKB48のコラボレーション企画「AKB ShortShorts」第1弾。と言うことはシリーズで未だ続くのだろうか。この映画を見る限り将来は明るく無い。

オチが面白くて見られたのは「お電話ありがとうございます」だけだ。
ある大手製造業のカスタマーサービス、お客様対応係の契約社員OL、船橋美里(北原里英)は有能さを認められて正式社員の口もかかって来ているが、本人は2年のコールセンター業務に飽きが来ている。20歳になった現在、他の職業にも惹かれている。
ある日、2040年の未来からの電話をしているという若い男に応対する。ただのクレームだと思いながらも、次第にその話に引き込まれてゆく。何とそれは将来の自分の息子ではないか。話を聞くと美里は5年後の25歳の時に猛烈なロマンスの末に結婚して息子を生みそして幸せな生活を送っていると言う。コールセンターのオペレーターを辞める意志を失くす。人材流出を防ぐカスタマーサービス部長が、若い男に報酬を払うオチ。
「赤い糸」。高校生の藤田あずさ(茂木忍)は、ある日気付くと「運命の赤い糸」が見えるようになっていた。そして、あずさ自身の小指にも赤い糸が見える。
「回想電車」:OLの恵比寿ハルミ(宮澤佐江)と戸田ヒロコ(美山加恋)は小学校からの幼なじみ。ある夜、飲み会帰りに終電で居眠りした2人が目を覚ますと、誰も乗っていない電車が二人を乗せて走っている。そこは過去にタイムスリップする「回想電車」の中だったと言う文字遊びだけで詰まらない。
「さおり」:恋人・浩一(中村龍介)と破局を迎えた早織(中西智代梨)は、舞(秦瑞穂)と暮らす浩一の元へ向かう。だが、そこで堕落した浩一の姿を目にした早織はどうする?
「漁船の光」:小さな漁村で暮らす瀬野詩織(横山由依)は、瀬野洋介(松田祥一)と結婚。やがて、学生時代に恋していた吉村圭一(大野拓朗)と再会した詩織は、人生の岐路に立つ。
「candy」:深田野乃子(木崎ゆりあ)と恋人の二谷旬、旬の友人・奥村準太(大沼遼平)は大の仲良し。だが、準太は密かに野乃子に好意を抱いていた。そんなある日、惚れ薬のキャンディーを手に入れた準太。<
「レミューテック」:都会から田舎の島の高校に転校してきた渡辺日和(江籠裕奈)はある日、同級生から流行のアイテム“レミューテック”について尋ねられ、知りもしないのに「持っている」と嘘をついてしまう。

「先客あり」が一番出来が悪い。大学教授の田村望(松山優太)と教え子の北岡奈々(入山杏奈)は、不倫の関係。ある日、田村の妻を殺害した2人は、遺体処分のために貯水湖へ向かうが、そこにはピストルを構えた男(波岡一喜)がいた。トランクを開けたら「先客」が居ることは観客は知っているから、意外性も面白みも何も無い。
「Dark Lake」:水元真琴(兒玉遥)は、演劇部所属の女子高生。部の夏合宿で、親友の響無垢(中川真桜)たちと山奥の湖畔を訪れるが、そこには恐ろしい魔物の伝説がある。

AKB48のメンバーの責任では無いのだろう。愚にもつかないつまら無い手垢のついたSF脚本を演じなければならないメンバーたちに同情する。

シネマート新宿で公開中

「グランドフィナーレ」(YOUTH)(伊・仏・英・スイス映画):イギリス人作曲家フレッド・バリンジャーと親友のアメリカ人映画監督ミック・ボイルの老人二人の「若さ」をテーマにしたユーモアたっぷりの人間模

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原題は「若さ」(YOUTH)。
主人公二人はイギリス人とアメリカ人の老芸術家。スイス・アルプスの麓の高級ホテルで休暇を楽しむ80代後半の引退した作曲家兼指揮者と仲のいい映画監督。60年来の付き合いだ。

80歳の時に現役を退いたイギリス人作曲家フレッド・バリンジャー(マイケル・ケイン)は、親友の映画監督ミック・ボイル(ハーヴェイ・カイテル)と共に俗界を離れたアルプスの高級ホテルで休暇を満喫していた。フレッドはこのホテルに20年も通っている。

フレッドは引退して10年になり仕事は完全にしない積りだが、ミックは映画作家でパリパリの現役。「遺言」(TESTAMENT)と称して「LIFE’S LAST DAY」の脚本にスタッフ4人(トム・リピンスキー、クロエ・ピエール、ネイト・ダーン、マーク・ゲッスナー)を集めて最終稿に取り掛かっている。
イギリス人気質のフレッドと開けっぴろげで大らかなアメリカ人らしいミック。昔は同じ女性に恋した時もある。

最近では二人とも前立腺を患い小便が日に2回しかが出ないのが悩みの種。ほとんど(More or less)4滴しか出ない。More(4滴以上)か?Less(4滴以下)か?と聞くのがオカシイ。勿論「Lessさ」老人同士の会話ですな。

フレッドの一人娘のレナ(レイチェル・ワイズ)はミックの息子ジュリアン(エド・ストッパード)と結婚していたがジュリアンからパロマ・フェイスが好きになったからと離婚されてしまう。専ら父親のマネージャーとして付き添っているがホテル滞在の登山家と知り合う。
レナは長々と独白する。父親フレッドを冷たい男だと思っている。音楽のことしか考えない。母親は父親に尽くし、フレッドの気に入るように家では静かに「Quiet!」と言われ続けて来た。ある時父親のラブレターを発見する。男に宛てたものだった。

ホテルにはいろいろな客がいる。
ジミー・ツリー(ポール・ダノ)はハリウッドの大スターだがインテリ。
ロボット映画「Mister.Q」で有名になったが人々がその映画を話題にするのを嫌う。まともなヒューマンドラマのことを誰も話さないからだ。

ヒトラーのちょび髭を生やして朝食のテーブルにつく男、背中にカール・マルクスの刺青を一杯に彫った元サッカー選手。Wiiに合わせてシェイプアップ・ダンスを懸命に踊る日課とする若い女性マッサージ師(ルナ・ミジョヴィック)

フレッドは彼らと交わらず牧場で牛たちのカウベルでオーケストラを指揮している。
ある日、エリザベス女王の特使(アレックス・マックィーン)がフレッドを訪ね、彼の代表作「シンプル・ソング」を女王のために演奏してほしいと依頼する。女王は「ナイトの爵位」を授けるし、歌はスミ・ジョーだと。
スミは韓国の世界的ソプラノ歌手で大団円に姿を現す。随分太った。ジュリアンの恋人パロマ・フェイスはイギリスの人気歌手。これも本人が出演している。こう言う遊びがそこここにある。

フレッドは言う。スミが嫌いでは無い。未だ逢ったことがないんだから。
全く個人的な理由だと、女王からの依頼を断ったフレッドだったが、ホテルの滞在客との交流を通し心境に変化が起きる。

全体の雰囲気はフェリーニの「8 1/2」に似ている。下界を離れ温泉地へやって来る映画監督グイド。新作の構想と療養のためなのだがまとまらない脚本と、周りの出資者に接する苦悩だけが積もっていく。いつしかグイドは、自らの理想の世界へと現実逃避する。

ミス・ユニバース(本物のミス・ユニバースノマダリーナ・ギニーア)が栄冠の副賞としてホテルに泊まる。
全裸のヘアヌードでフレッドとミックの漬かっている温泉プールに静々と入って来る。オールヌードを真正面から見詰めるフレッドとミックのビックリ仰天しながら嬉しそうな顔が興味津々だ。

そこへホテルのボーイがミックに「お客さんが来訪している」と告げる。
「断ってくれ、俺は青春真っ盛りだ!」
「でもブレンダ・モレル(ジェーン・フォンダ)さんですよ」。

飛び上がるミック。彼女は今撮ろうとしている映画の主役だ。ズーッと待ち焦がれていた。遂に来てくれたか。ブレンダが居なければ映画が成り立たない。

ところが思いもかけず、ブレンダがミックに浴びせる罵詈雑言。
「あんたとは30年間付き合い11本の映画を撮った。だが貴方の映画は『クソ』(SHIT)だ。特に最近の3本は見ちゃおれない。私にはTVミニシリーズのオファーがあり、大金を積まれている。離婚手当や借金を全部払った上にマイアミに豪邸が買える。あんたとはこれでサヨナラよ」

僕も巨匠といわれても老年は力尽き作品がメタメタになると言うブレンダの意見に賛成だ。
黒沢明も晩年の映画は「クソ」だった。(最後の「まあだだよ」の酷さっ足らない)

ブレンダの言うことも理解できる。失意のミックは映画を諦め脚本スタッフ4人はアルプスの電車に乗って麓の町に去るシーンは印象的だ。

だがもう一つのオチがある。スイス航空のファーストクラス。ブレンダは泣き叫ぶ「ミックゴメン!飛行機から降ろして」飛行機は高く舞い上がっている。
フレッドが空を見上げているとパラシュートで降下する人がいる。ブレンダと関係無い。ソレンティーノ監督のお遊びだ。

映画のテーマは加齢、記憶、恋愛そして更なる達成感。

二人の老人を中心にそれぞれに問題を抱えたホテルの客たちと繰り広げる交流を描く。
監督は「グレート・ビューティー/追憶のローマ」などのパオロ・ソレンティーノが監督と脚本を務めユーモラスに皮肉を込めて人間模様を描く。

イギリスの名優83歳のマイケル・ケインを主演に、ハリウッドのベテラン77才のハーヴェイ・カイテルと79歳のジェーン・フォンダ、『ナイロビの蜂』などのレイチェル・ワイズが一番若くて44歳。
「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」「リトル・ミス・サンシャイン」などの一番若い32歳のポール・ダノが斜に構えたインテリ俳優を演じるなど平均年齢はかなり上の豪華なキャスト。

イギリス国民で「ナイトの爵位」をオファーされながら自作の「シンプル・ソング」の演奏をエリザベス女王から懇願されても断り続けるフレッド・バリンジャーの動静が最後まで気になる。

2015年、この映画で第28回ヨーロッパ映画賞作品賞・監督賞を受賞している。フレッドの作曲した「シンプル・ソング」は今年の米アカデミー賞で主題歌賞にノミネートされている。

4月16日よりシネスィッチ銀座他で公開される。

「君がくれたグッドライフ」(TOUR DE FORCE)(ドイツ映画):36歳にして不治のルウ・ゲーリック病(筋萎縮性側索硬化症)の男性が年に一度の仲間たちとの自転車旅行で安楽死を求めてベルギーへ旅立

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直木賞作家で友人のI君がガンで亡くなる1年前に一緒にオランダへ行ってくれと頼まれたことがある。レベル4の喉頭がんは痛みを伴い人間としての尊厳を保てなくなる。
Quality Of Lifeを求めるI君としては安楽死が認められているオランダへ奥さんと僕と3人で旅をして「楽になりたい」と言うのだった。

安楽死、尊厳死を扱う映画は多い。
アレハンドラ・アメナバール監督の「海を飛ぶ夢」は頚椎損傷で動けなくなり死を待つばかりのハビエル・バルデムが安楽死を求めて法廷闘争をする。

クリント・イーストウッド監督の「ミリオン・ダラー・ベイビー」でも女ボクサーのヒラリー・スワンクも生命維持装置のチューブを引き抜く。

最近ではイスラエル映画「ハッピーエンドの選び方」がコメディータッチだが、老人の安楽死問題を扱っている。


この映画の主人公ハンネス(フロリアン・ダーヴィト・フィッツ)も36歳にして不治のルウ・ゲーリック病(ALS=筋萎縮性側索硬化症)を宣告され尊厳死の道を選ぶ。しかしこれは自分の内部に留めいつもの仲間との自転車旅行に同行する。

ハンネス(フロリアン・ダーヴィト・フィッツ)とキキ(ユリア・コーシッツ)の夫婦は、年に1度、6人の仲間たちと夏休みに自転車の旅を続けてきた。今年で15回目だ。
目的地の決定は持ち回りとなっており、2人が担当となった今年はベルギーを選択。
大抵は海に面したリゾート地で南仏かイタリアとアテにしていた仲間たちは、チョコレートやワッフル、トリフォー以外に何があるのかとボヤくことしきり。

自由主義で女たらし、未だ独身のミヒャエル(ユルゲン・フォーゲル)海が無くても若い女性さえ居れば何処でも良い。しかし40代後半のこんな禿男がモテルのだから不思議だ。
夫婦でタンデムに乗って参加するドミ(ヨハネス・アルマイヤー)とマライケ(ヴィクトリア・マイヤー)はこのところ仲が悪いのが皆の気にかかる。

ハンネスの目的地選択の裏には、深い理由があった。死を覚悟したハンネスは、尊厳死が認められているベルギーを親友たちと一緒に訪れ、これを人生最後の旅にするつもりだったのだ。旅行前にハンネスの兄家族の家に立ち寄った時にドミがハンネスの子どもは未だかと尋ねる。突如ハンネスの母親(ハンネローレ・エルスナー)が号泣する。ハンネスは父親と同じALSに罹り余命3~5年だと母親とキキは皆に知らせる。
真相を知った仲間たちは大きなショックを受けるが、日に日に身体能力が衰えて行く病状を理解し、ハンネスの願いを叶えることを決意する。
ハンネスの悪戯すきな弟フィン(フォルカ-・ブルッフ)は身内なのに知らされていなかったことに怒る。

旅行前の夕食後、輪になって右となりに座った人にムチャな課題を出し、旅行中に実行させるのが条件。ミヒャエルが女装してバーに行きナンパをする課題を実行中に男に言い寄られる。そんな難題を実行のたびに笑いが巻き起こる楽しい旅はいつもの通りだ。

暗い重苦しい映画の筈がユーモアや笑いに包まれながら安楽死を扱うドクターの住居にたどり着く頃には旅の気分はガラリと変わっている。

今日、明日の命では無くベッドに伏せば3-5年行き続けられるハンネスの気持ちが判らない。元気の内に命漲る間に命を絶とうというのだ。僕には性急過ぎる気もするし、生きていれば医学の発達で治療法も見つかるでは無いか。

原題「TOUR DE FORCE」はフランス語で人生の偉業と言う意味のようだが自転車の長距離レース「ツール・ド・フランス」に掛けているのだろう。

主役を演じるのは「ヴィンセントは海へ行きたい」でドイツ映画賞主演男優賞を獲得したフロリアン・ダーヴィト・フィッツ。

監督は脚本家でドイツTVで活躍しているクリスティアン・チューベルトと言うが、日本では無名。
共演は「バチカンで逢いましょう」のミリアム・シュタイン、「ゲーテの恋 君に捧ぐ『若きウェルテルの悩み』」のフォルカー・ブルッフなど。

尊厳死を扱いながら軽いユーモアタッチで描くこの映画にはいささか驚かされる。

5月21日よりヒューマントラスト有楽町にて公開される。

「ドロメ 女子編」(日本映画):高校生男女8人の演劇合宿に突如襲いかかる不気味な形の「泥打観音」

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 南英男の「姐御刑事(あねごでか)」(光文社文庫:2016年1月刊)はいつものように書き下ろしシリーズ。

女暴走族チームの総長だった三田村利香は敵対チームとの抗争で父親が殺される。それを切っ掛けに暴走族を抜け生活を改め大学へ進学、そして警視庁の刑事になったバックグラウンド。如何にも警察小説にありそうな題材だ。

度胸が据わり武術にも長けた敏腕美人刑事で警部補、警視庁捜査一課七係班長の利香は渋谷宮益坂の廃屋で女子大生、名取志津奈が殺された事件を所轄のルーキー倉島良平巡査と組み捜査に当たる。
茶髪の倉島は利香を一目見た瞬間からガールフレンド薫のことを忘れる程夢中になる。32歳の利香にしてみれば倉島は弟、単なる「男の子」の段階だ。
殺された志津奈の父親は名取武則、54歳で目黒駅近くで流行っている「名取総合病院」の院長。妻の陽子は後妻で志津奈との仲も悪く、夫武則の女関係に悩んでいる。そして貧乏彫刻家の北畠と浮気をして作品を随分と買い込んでいる。

その名取武則が自宅の庭で朝、体操をしている最中に隣のマンションに潜んでいた何者かにアーチェリーで目を射抜かれて死ぬ事件が発生する。
夫と娘が居なくなり病院や保険などを受け継ぐ受益者は陽子夫人なのだが果たして犯人か?

彼女のアリバイはしっかりしているし、まして殺しなど荒っぽいことが出来る筈が無い。
 
話の半ばから怪しい人物がチョロチョロし始める。こいつが犯人だと誰でも思うがその通りになるのが面白く無い。ドンデンなんてとても期待できない。どうにも詰まらない女刑事モノだ。



「ドロメ」は同じホラーを扱いながら男の目から見る「男子編」と女性を主人公にした「女子編」があるが、今日紹介するのは「女子編」

紫蘭高校演劇部、3年で部長の熊谷絢(比嘉梨乃)と同じく3年の坂下栞菜(遊馬朋弥)、2年の川那小春(森川葵)と親友で小春と同学年の杉原実夏(三浦透子)それに国語教師で女性顧問の持永(菊池明明)の5人は急な坂道を登っている。
海が見渡せる山の上にある男子高、泥打高校と山の麓にある女子高校、紫蘭高校は来年から共学になることが決定している。
来年の統合を見据えて両校の演劇部は合同合宿を山の上の男子高校で行う事となった。どんなイケメンたちが待ち受けているか小春たちは期待一杯。

泥打高校の2年、星野颯太(小関裕太)、親友の本橋龍成(中山龍也)、演劇ブ部長の峰崎陸(大和田健介)演劇部OBの津田光輝(岡山天音)それに理科教師で部顧問の桐越(東根作寿英)たち男性5人は女性たちとの出会いに胸を膨らませ、女子校部員たちを校門で待っている。
登場人物が男5人に女5人、夫々カウンターパートが直ぐに出来そうなキャストが如何にも安っぽい。

小春たち女子校部員は男子部員との出会いに出入りしたことの無い男子校へと山道を期待と不安を抱きそれを打ち消すようにハシャギながら急ぐ。
途中で女子高生たちは崖の下で泥まみれになった観音像を見つける。

黒い小型ロボットに細い折れ曲がった手足のついた不気味な形の観音像。これが物語のホラーの原点「泥打観音(どろぶちかんのん)で観音像に泥をぶつけると願いごとが叶うと言い伝えられていることを後で知る。
昔々田んぼの中に埋まっていたのを村人が掘り起こし、観音像として泥を投げ願い事をして祈願していたが、ある時に観音様の首が無くなり、それから村人が忽然と姿を消す事件が多発する。観音像に願い事ばかりではなく他人の不幸を願う悪意も込められていたのだ。それ以来村人は泥の化け物、「ドロメ」と名付けた。それは昔の話で今は何事も無かったように「ドロメ」は野ざらしの祠の中で立ち竦んでいる。

男子校に辿りつき、いよいよ男女合同合宿が始まる。合宿は皆で食事を作りお喋りをして楽しい雰囲気。小春と颯太は互いに意識しロマンスも芽生える。他も夫々カップルが誕生する。

だが夕飯時に山岸先生が行方不明になる。壁には不気味な落書きが、消しても、消しても落書きは自己再生して現れる。
そして奇妙な出来事が次々に部員たちを襲っていく。
次第にそれは昔から山に言い伝えられている「ドロメ」の仕業であるという事が明らかになって行く。

ドロメは襲い掛かると噛み付き、噛まれるとドロメと同じような化け物になる。ゾンビみたいにブキッチョに歩き仲間を次々と襲う。そう吸血鬼(バンパイア)のようなお化け。だがニンニクも太陽光線も利かない。金属バットでぶっ飛ばして倒すことが出来るがまたぞろ復活する。

監督は「ライチ☆光クラブ」「高速ばぁば」「パズル」などのの内藤瑛亮。
主人公・小春役に「通学シリーズ 通学途中」などの森川葵。相手役、颯太をドラマ「ごめんね青春!」の小関裕太が演じている。
最初は暗くイジイジしていた小春が次第に化け物にファイトを燃やし、ラストで犠牲になった同級生たちのリベンジで爆発する。
それにしてもチープなホラー劇、特殊効果でドロメを作り上げ爆発させる瞬間は凄い。余りに荒唐無稽でホラーなど感じないのは計算外だろう。
この「女子編」に続き小関裕太の主演する「男子編」が同時上映される。

3月26日より新宿シネマートにて公開される。

「アーロと少年」(THE GOOD DINOSAUR)(アメリカ映画):苦戦するピクサーの恐竜・アーロに託する夢は実るだろうか?

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パラマウントジャパン(PPJ)が1月末で閉鎖されパラマウント制作映画の配給権は東宝東和の子会社「東和ピクチャー」に移管されることになった。
移籍第一作はアカデミー賞にも複数部門でノミネートされている「マネーショート」(THE BIG SHORT)(3月4日よりTOHOシネマズ新宿他で公開される)。

ところが日本の子会社などと言う小さな話ではなく、親会社ヴァイアコムがパラマウント本社(PP)を売却しようとするニュースが飛び込んできた。

 ハリウッドの業界紙、ハリウッド・レポーター(THR)によるとヴァイアコムがパラマウント・ピクチャーを売却する話が再燃していると伝えている。何度も紙面を賑わせた売却の話は2月23日付けではフロントページを飾って「9社が手を挙げている」と言うのでPPの財務が瀬戸際に来ていることを示している。

2015年の同社のメディア部門は10.5BのRevenueで4.1Bの粗利益を得ているが映画部門では2.9Bの売り上げで-111Mの赤字, Totalでは13.3B(1兆5030億円)で粗利益は3.9B(4407億円)に減少して足を引っ張っていると言う理由だ。
パラマウント映画は「Mission: Impossible」「Star Trek」や「Transformers」と言ったヒットシリーズを持っている。
ヴァイアコムは1994年に$9.8Bでパラマウント他MTVやニッケルオデオンなどフィルムエンターテインメントを購入したものだが落ち目とは言え、今でも $3.5B(3955億円)から$5.5B(7315億円)の価値がある。
売却先はハリウッドの映画業界入りを狙っているアジアのキャッシュ・リッチの会社が挙がっている。
先ず筆頭に名を連ねるのがネットとEコマースの「アリババ」(ALIBABA)でジャック・マー会長が何度もPPを訪れトム・クルーズ主演「MI5:ログーネーション」の制作費の最大出資者となっている。更に中国でのオンラインチケット販売やマーチャンダイジングを担当している。

中国の最大の映画館チェーン「ダリアン・ワンダ・グループ」(DALIAN WANDA GROUP)も手を挙げている。
既に北米の映画館チェーン最大手AMCのオーナーであり、映画制作会社レジェンダリー・エンターテインメントを所有し、MGMとは買収の協議に入っている。

「フォサム・インターナショナル」(FOSUM INTERNATIONAL)中国のコングロマリットで前WB役員だったジェフ・ロビノフの制作会社「スタジオ8」を買収している。エンタメ企業の買収意欲満々で「シルク・ド・ソレイユ」や「地中海クラブ」(クラブ・メドの子会社)などに手を出している。

「TENCENT」は中国最大のインターネットサービス・ポータル。TV、映画など新旧のメディアでの海外進出を目論んでいる。
既にHBO,ESPNとパートナーシップを結んでいる。

以上は中国系の会社でPP買収の上位候補だが他にAMAZON.COMが5400万人の会員を誇るAMAZON PRIMEがネット上で映像配信を始め(日本では年間3900円の会費)コンテンツ会社に食指を伸ばしている。

他に北米の会社では制作プロダクションの「LIONSGATE ENTERTAINMENT」これまでに「スタートレック」や「忍者タートル」でPPと共同制作を行っており、「THE HUNGER」「GAMEDIVERGENT」などで大ヒットを飛ばしている。

「APPLE」はiTunes,iPad, iPhoneのNew Media会社だがApple TV initiativeを始動し拡大を始めている。PPを手に入れれば第二のTime Warnerになる可能性を秘めている。

パラマウントと言えば歴史もあるハリウッドの6大メジャー会社の一角。
30年前には松下電器に身売りされ、コロンビアはソニーに買収された。
アメリカの世論は映画のメッカに日本人が土足で入り込み札びらを切るのを良しとせずマスメディアで盛んに叩かれた。

しかし中国が(それもコミ-の中国人)が4社も先陣を争い、資金面から中国人の手に落ちることは間違い無い。
日本では全く報道されないが、ハリウッドが中国の手に落ちるのを黙って見ているのだろうか?

巨大隕石の衝突で氷河時代が始まり恐竜絶滅が起こらなかったらという仮説を頭に入れて置かなければこの映画に付いて行けない。
恐竜が地上で唯一言葉を話す種族であり文化文明も進んでいる。人間は未だ言語を持たず、ハイハイしながら移動する。恐竜と人間が逆転しながら共存している世界が描かれる。

ピクサーの第16作目。飛ぶ鳥落とす勢いだったピクサーも「トイ・ストーリー3」を最後におかしくなった。
毎年1本は出していた好調な作品も近年は2年か3年に1本。

アニメの世界は有為転変。伝統的な草分けのディズニーがダメになり、ジョン・ラセター率いるピクサーを買収してラセター個人に全権を任せたら「アナと雪の女王」や「ベイマックス」のような大ヒットを飛ばす。
ディズニーと喧嘩して飛び出しドリームワークスアニメで対抗したカッツェンバーグ「シュレック」で有頂天になるがこれも落ち目。
この今後のピクサーの将来を占う恐竜もどうやら期待に応えていない。

アパトサウルスの恐竜の子どもアーロが、孤独な人間の少年スポットとの冒険を通して成長していく姿を描いたピクサー映画。

兄や姉に比べて体も小さく、甘えん坊の末っ子アーロは、何をするにも父親がいてくれないと始まらない。
そんなある日、アーロと父は食べ物を探しに出かけるが嵐に出合う。
父親は川に落ちて激流に飲み込まれて死ぬ。アーロも溺れるが何とか岸に這い上がる。
だが家族から遠く離れた見知らぬ土地へと流されてしまう。

ひとりぼっちの寂しさと不安にさいなまれるアーロは、そこで自分と同じ孤独な少年スポットと出会い、一緒にアーロの故郷を目指す冒険に出る。
このスポットがはしこい。木の実などの食べ物は探してくる、口を一杯に開け牙をむき出しにしている毒蛇を後ろから噛み付きやっつける。
柄の大きなアーロが少年を助けるべきなのに逆の現象。

少年の活躍は見ものだがアーロが面白く無い。アーロの顔って可愛くない。のっぺりとしてズータイだけデカク、ノロマで臆病な恐竜など誰も感情移入が起こらない。
日本語の吹き替えで2Dでの試写だから迫力も無かった。やはり3DかImaxで見たかったな。
でも日本版のみのエンドソング玉城千春の「KIRORO」は耳に残る。

「トイ・ストーリー」シリーズや「モンスターズ・インク」、「ファインディング・ニモ」などの大ヒットアニメを手掛けてきたピクサー。
このところ落ち目を挽回しようとしたがアメリカでは11月に公開され1-2週目は何とか持ったが3週目から客足は衰えてしまった。
アニメは制作費がどうしても150億円ほどかかる。3週目で勢いを失うようでは制作費のリクープも難しい。

3月12日よりTOHOシネマズ日劇他で公開される。

「木靴の樹」(L’ALBERO DEGLI ZOCCOLI)(イタリア映画):19世紀末、北イタリア・ベルガモ近郊の地主の搾取に喘ぐ貧しい農民たちの群像劇

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韓国のチョン・セラン(鄭世朗)と言う31歳の女流小説家の「アンダー・サンダー・テンダー」(クオン社:2015年6月刊)を読んだ。

映画美術に携わる「私」は、友人や家族の動画を撮りためている。未熟で無防備だった十代。恋し、挫折し、傷つきながら、進む方向を模索していた日々。「私」の初恋の記憶は、ある事件によって色彩を失っている。

その事件とはインドから移住して来た同級生のジュワンと恋に落ち納屋や倉庫に隠れて深い関係になっていた。
ある日軍隊の脱走兵が村に逃げ込み、銃弾とライフルを捨てて行った。友達のスミの弟、小学生のスホがそれを見つけ毎日射撃訓練をしていた。ある霧の深い日、突如霧から姿を見せたジュワンに思わず引き金を引くスホ。

死体を覆うシートから足だけが見えていたが、その足は私が誕生日に贈ったアディダスの「スーパースター」の三本の筋が浮かんでいる。

高校時代を共にした個性豊かな男女六人。物語の舞台はパジュ。出版都市としても有名だが淋しい町。そのパジェから発車時刻がバラバラなバスは1時間に1本。一山ニュータウンにある高校へ通う唯一の交通手段。そのバスで通う6人。

私、オシャレで妖怪みたいなソンイ、家庭に問題のありそうなスミ、イケメンで声もいいミヌン(パジュのアイドル)、ピンクのお肌でぽっちゃりした秀才のチャンギョムと、そして学期の終わりにインドから転校してきてバス通学の仲間になったジュヨン。そしてジュヨンの一つ年上の兄、映画の大好きなジュワン。ソンイ、スミ、ミヌン、チャンギョム。

6人は、互いに離れたり支え合いながら三十代を迎えた。

一つのファイルにまとめた動画「アンダー・サンダー・テンダー」は、その記憶をたどるものであり、2時間の動画がいつの間にかジュヨンに編集され25分になって短編コンテストに応募され佳作に入っている。

「私」に次のステップを踏み出すきっかけを与えた。映画美術の仕事をしている「私」は、高校時代の友人や家族の動画を撮りためている。傷つきやすかった十代、ある事件で壊された「私」の初恋。その大きな痛手は、社会に出て離ればなれになった友人たちによって、少しずつ癒されていく。「私」のビデオクリップは「アンダー、サンダー、テンダー」というファイルにまとめられた。

 チョン・セラン(鄭世朗)は、郊外の一山でニュータウンの発生と発展を観察しつつ成長した。パジュ出版都市にある出版社に編集者として2年余り勤務。小説家としては2010年、「ファンタスティック」誌に発表した短編ファンタジー「ドリーム、ドリーム、ドリーム」を皮切りに本格的な創作活動を始め、「アンダー、サンダー、テンダー」(原題は「これくらい近くに」)によって第7回チャンビ長編小説賞を受賞した。純文学からロマンス、SF、ホラーまでジャンルの境界を越えた小説を書くことで知られる

主人公の「祖父は北の出身に違いなかったから……東京留学の経験もあり、当時エリート中のエリートだったという祖父は、たった一人で三十八度線を越えて南にやってきた。」という人物。家族を北に残したまま、南でも新しい家庭を持ち、「北窓ビビンククス」と言う料理屋を経営している。注が詳しくこの「ビビンククス」と言うのは麺に肉や野菜などの具を加えコチュジャン(唐辛子味噌)主体のソースで和えて食べると。美味しそうじゃん。

 物語は、現在は大人になっている主人公の私の、高校時代の回想の間に、家族や友人たちの姿を収めた短いビデオの映像と私のナレーションと台詞が挟み込まれる。



さて今日紹介するのは、1978年のカンヌ映画祭パルム・ドール賞を授与された作品だから、39年振りのリバイバルだ。
その当時30代末だった僕は忙しい仕事の合間に3時間ゆったりと流れる映画をイライラしながら見ていたのを思い出す。

昨日(25日)の3時半から渋谷円山町の美学校試写室は熱気に包まれていた。僕のように昔見たオルミの傑作を再確認する老人たち、伝説の作品をこの目で確かめようと言う若い人。
試写20分前には満席になり通路の腰を降ろす人で劇場の扉までぎっしりと立ち見もあり、これほど熱気に溢れた上映は初めてだ。

イタリア・ネオレアリズモ(新写実主義)の流れをひいて貧しいものの暮らしに焦点を当て、いろいろな場面で本物の農夫や素人を起用した。
トーンは「自転車泥棒」や「鉄道員」に似ている、懐かしいね。彼らは生のままで演じれば良い。
ご存知のようにこの作品はカンヌ国際映画祭のパルム・ドールやセザール賞の最優秀外国映画賞をはじめ14の賞を受賞した。

舞台は19世紀末、北イタリア・ベルガモ近郊の貧しい農民たち家族の群像劇。
4家族、バチスティ一家、アンセルモ一家、フィナール一家、ブレナー一家が一緒に住んでいる。各家庭のエピソードが挟み込まれる。
寒々とした光景に貧しい農民の畑作業、沈む夕陽などミレーの風景画のような印象だ。

この農場の土地や住居、家畜小屋、鋤や鍬などの農具や鋸、鎌に至るまで地主の所有物で農民はその収穫物の2/3を地主に年貢として差し出す。江戸時代の日本の農民よりも酷い収奪が行われている。

パチスティ家の長男ミネク。ドン・カルロ神父の勧めで息子を小学校へ通わせる決意をする。農村では異例のことだが神父はミネクの才気を買っていた。片道6キロの通学路は辛いがミネクは学校へ通える嬉しさで気にも留めない。

だがミネクの木靴は壊れてしまい歩けない。
父は学校に通う彼に木靴を拵えてやるため、領主に伐採を禁じられていた街路樹を伐り倒して木靴を作ってやる。
タイトルの由来「木靴の樹」だ。
だがそれ以来、パチスティ一家は災難に見舞われる。

アンセルモ家のルンク未亡人は洗濯女をしながら6人の子供たちを養っている牛の世話と工作は長男ぺピーノとアンセルモ爺さんの務め、上の娘2人は村で洗濯の注文を受けてくる。ペピーノは未だ15歳だが家計を助けるために冬から製粉工場で働くことにする。
ドン・カルロ神父は一家の窮乏を見かねて下の子2人を施設に預けるように勧める。ぺピーノは昼も夜の働くからと皆で一緒にいようと言う。
春になり牛が病気になり獣医も手を尽くすが諦める。ルンク未亡人は礼拝堂で心を込めて祈りをあげる。神に通じうしは奇跡的に回復する。感動的なシーンがある。

笑えるのは地主に収めるとうもろこしの計量の日。
積荷と一緒に馬車ごと計る。ずる賢いフィナールは馬車の引き出しに石を一杯に詰め計量をごまかす。

フィナーレは息子のウスティと喧嘩ばかし.仲が悪い。
聖母祭の日生れて初めて政治演説集会を見物うぃていたフィナールは地面に金貨を見つけ馬の蹄(ひずめ)の泥の間に隠す。

前世紀から今世紀への変わり目の時代、封建的社会の犠牲者だった農民たちの生活を少年の目を通して描くオルミの生涯の傑作だ。
厳しい作品のその底に流れる温かな感情が、少年を始めとする素人役者たちのナイーブな演技から溢れ出ている。

19世紀末のイタリアの寒村を舞台に、いくつかの家族の悲喜こもごもの生活の営みをエピソードとして美しい映像で描いている。
劇的なこと、ドラマは何一つおこらないが、親子の絆や家族愛などをじっくりと見せて、家族の祈りや、幼い息子への家族愛など人にとって何が大切かを強調している。

エルマンノ・オルミ監督の最新作「緑はよみがえる」は2014年の83歳の時の作品だが、39年ぶりに再上映されるのはこの「緑~」を記念してのオルミ監督回顧録的イベント。
時空をはるかに越えてもオルミ監督の手法は変わらず長年住み慣れた美しいアジアーゴ高原の雪に包まれた冬の厳しさをバックに第一次大戦に兵士として出征した父親が過酷な戦場で戦友を失った思い出に涙ぐむ。

ランニングタイムは76分と「木靴~」の1/3足らずだが描く人々や風土は似通っている。

「木靴の樹」は3月26日より「緑はよみがえる」は4月23日より岩波ホールにて公開される。

「64(ロクヨン)前編」(日本映画):昭和天皇崩御の大騒動の影に埋もれた、少女誘拐殺人事件を追う群馬県警と広報官それに記者クラブ

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 この映画の持つ感動やインパクトは遥かに横山秀夫の原作を超えていると感じた。
原作は「別册文藝春秋」で2004年3-5月号から2006年3月号 - 5月号)まで連載されたものを改稿の上2012年に単行本として文藝春秋社から出されものを読んだ。

横山秀夫は群馬県の地方新聞「上毛新聞」の記者だった頃に「64(ロクヨン)」は時効寸前の事件、昭和62年(1987年)9月14日に群馬県高崎市筑縄町で発生。当時5歳の男の子(功明ちゃん)が連れ去られ身代金を要求後、死体が発見された。日本の身代金目的誘拐事件の解決率は97%なのだが、
この未解決事件が群馬県前橋市であった。この幼児誘拐事件は犯人逮捕に至らず2002年に時効になっている。
横山が小説を書く2年前だ。この小説のモデルになっていることは間違いない。

小説では昭和64年に起きた幼女誘拐殺人事件が平成14年に、後1年で「時効」が迫り、警察庁長官が視察に訪れることが決まり群馬県警は上を下にと大騒ぎ。そこに刑事部長を警察庁から派遣するキャリア組にすげ替えると言う政治絡みの話が絡む。
この大騒動の原因が凶悪犯罪の公訴時効にかかずらわって来る。

それが単行本出版の2年前、2010年4月に殺人など凶悪犯罪の公訴時効の廃止や延長を盛り込んだ改正刑事訴訟法が衆院本会議で賛成多数で成立し、政府の持ち回り閣議を経て、異例の即日施行となった。
時効が未完成の過去の事件にも適用される。時効廃止を待ち望んでいた被害者遺族らは、一様にスピード審理による即日施行を歓迎した。

そうなると小説の大騒動の原因、ドラマを成す要因の「時効」が取り除かれる。
僕は「別册文藝春秋」の連載時に興奮して次号が待ち遠しく思われたものが、時効廃止後に出版された単行本を読みなおすと「気の抜けたビール」だった苦い思い出がある。

その時効の穴をどう埋めて別の要因でどう盛り上げるかが脚色と監督の腕次第になる。
その意味で瀬々敬久は素晴らしい仕事をしてくれた。

警察内部の政治的な動きもさることながら、広報官三上義信(佐藤浩市)VS記者クラブの幹事:秋川(瑛太)との死闘に焦点をあわせドラマの山を持って行ったからだ。
時効が15年と言う期限との闘いが法的に外れると平成14年と言うのは余り意味が無くなるからだ。

今までの警察小説&映画のパターンとは違い、警察の広報官に焦点をあてているところがユニークだ。
三上は広報官になる前は警務部刑事部に26年も在籍し少女雨宮祥子・誘拐事件の捜査にも関わっていた。
三上広報官は、警察庁長官が1週間後に、群馬県警に視察に来て、「64」で亡くなった雨宮祥子の父親・雨宮芳男(永瀬正敏)に会い捜査の遅れを詫びた後、記者会見をするための準備にとりかかっている。

しかし、突然、記者クラブが警察庁長官の記者会見をボイコットすると表明。8か月の妊婦が73歳の老人を刎ね老人が死亡したにも拘らず加害者の氏名発表を広報が拒否したからだ。老人は酒に酔い信号を無視した。
妊婦保護と言う名目だが実は群馬県警の公安委員の娘だからと言うのが本当の理由。
警察映画につきものの警察ぐるみの「ウソ」が処々に出て来るのもミステリーを高める。
記者クラブのボイコットに続いて雨宮芳男が警察庁長官に面会することを拒絶する。永瀬はこんな暗い役が上手い。目に怨念が籠っている。

キャリア組の赤間警務部長(遠藤賢一)の見下ろした物言い、警務課調査官の二渡(仲村トオル)との友情、指揮官の松岡参事官(三浦友和)と三上広報官との遣り取り、被害者の父雨宮と犯人との電話での応対。テンション高くドラマは盛り上がる。

三上広報官は、内外の厳しい状況の中、自分の職務である警察庁長官の被害者宅への訪問実施に向けそして、記者クラブとの和解に全精力を振り絞る。
県警内部で刑事部長、荒木田(奥田瑛二)や二渡調査官がロクヨン「64」事件に関わっていた人たちに対して、怪しい動きをしていることが分かる。
何か口止めに走っているらしいと調査を開始した三上の前に飛び出してくるのが「幸田メモ」と言う言葉。甲田は事件当時、警務部鑑識課に属し、雨宮宅で犯人からの電話を待ち受け録音をしていた。
ロクヨン「64」で警察が起こしていた痛恨のミス。その隠蔽工作。その関係者の口を塞ごうと暗躍する県警内部の上層部。

一方三上は記者クラブの言い分はもっともだと理解し、県警上層部の意向や命令を無視し、クビをかけて妊婦の実名を公開し、その父親は県警公安委員の一人だと発表し記者クラブの各社のメンバーに別れを告げる。

泣かせるのは記者クラブ、随一の強面で三上の天敵だと思っていた東洋新聞のキャップ、秋川がクラブの総意だと「三上広報官は職を辞さないでくれ」との要望書を渡すシーンだ。前編のクライマックスは盛り上がる。

わずか7日間で幕を閉じた昭和64年(1989年)
昭和天皇の崩御で悲しみに暮れると共に、新元号「平成」の制定で新しい時代の幕開けに色めき立つ世間とは裏腹に、幼い少女の死と遺族の慟哭を目の当たりにしたD県警は、平成の世に紛れた犯人を逃がすまいとこの事件をロクヨンという符丁で呼び解決を誓うが、遺族に吉報がもたらされないまま時は過ぎ、捜査本部は専従班に縮小され、名ばかりの継続捜査状態となっていた。

 映画はそれを踏まえて昭和64年と言う短い期間に天皇崩御の混乱に埋もれてしまった幼女殺人事件を違うベクトルから光を当てなおしているからだ。

監督と脚色の瀬々敬久はスタイリッシュな文体と構成でテンポ良く全編を貫きハリウッド的展開で観客を巻き込む。間違いなく瀬々の今までの作品でベスト1のレベルだろう。

5月7日よりTOHOシネマズ日劇他にて公開される。

「64 後編」(日本映画):警察庁本庁と県警の確執の狭間に埋もれるクロヨンの被害者が見事なリベンジを果たす

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 カレン・ラッセルと言う34歳のアメリカ人女性小説家がいる。「スワンウラディング」(2011)がピュリッツアー賞フィクション部門にノミネートされる。

「レモン畑の吸血鬼」(VAMPIRES IN THE LEMON GROVE)(河出書房新書:2016年1月刊)と言う奇妙なタイトルの本書には8篇の奇妙な話、SFでもない不思議なトワイライトゾーンの短編が収められている。

カバータイトルの「レモン畑~」は南イタリア、ソレントのレモン畑で働く小柄な色の黒い老人。200年前から畑でレモネードを作って観光客に売っている。
 観光客を案内した崖の洞窟で一匹の蝙蝠を見つける。マグリブと言う若い女吸血鬼だ。たちまち恋に落ち結婚する二人。
だがやがて倦怠期に直面する吸血鬼夫婦はどうするか?死ぬことも出来ない。死が二人を分かつまで」は意味が無い。
オカシイね。

「お国のための糸繰り」は日本の明治時代の富岡製糸場が舞台のようだ。富国強兵、国が西洋の技術を取り入れ故郷を離れ製糸を造ることになった女性労働者たちに焦点を当てている。「女工哀史」で見られるように過酷な労働と結核が蔓延し長時間労働の中で、女工たちは次々と蚕に変身して行く。
 女工の名前がトオカ、ダイ、キツネ、キツツキ、ツキなどとヘンテコなのは目を瞑るしか無いが、本物の人間の感情をしっかり掴んでいる。

もっとも奇妙なのは「任期終わりの厩」
ケンタッキー州の草原で牧場主ラザフォード・ヘイズは22匹の馬を飼っている。
普通の馬が11匹、ラザフォードを含めて元大統領だった馬が11匹、任期が終わった年代順に来た訳で無い。
一番初めに厩に入ったのはドワイト・アイゼンハウアー。
「B52が一機も無い!」と悲痛の声をあげている。

ラザフォードは通りかかった羊のルーシーを見染め、「ファースト・レイディ」と呼ぶが反応が無い。リンゴや干し草など自分のエサを分け与えているうちにラザフォードはドンドン衰弱して行く。

リンカーンやワシントン、ジェファーソン、ニクソンなど大物は来ないが、ガーフィールドが柵を越えて逃亡してから入れ替わりに第2代目大統領・ジョン・アダムスがやって来る。「ここは天国か?」と聞かれ皆黙り込む。

牧場の横を通学路にする少女のランドセルから教科書を盗み出して見るが歴史書が無い。学校ではアメリカの歴史を教えていないのだ。
由々し問題だ。「我々はホワイトハウスへ行進し政治を変えなければならない」とアダムスが主導し意見が一致する。

柴田元幸は言う、ラッセルは「桁外れの博識と驚異的な幻想力の幸福な融合」だからこそこのような特異な小説が書けると。


昨日に引き続き「64後編」を紹介する。
普通前編に比べ後編は溜ったエネルギーが発散するものだが、64に関しては前編の方にエネルギーや爆発力があり、見応えがある。これも一重に殺人事件の15年時効が無くなり物理的時間の拘束が小説の途中から無くなったことに依る・

三上広報官(佐藤浩市)は「幸田メモ」を囁かれるのを頻繁に耳にする。幸田一樹(吉岡秀隆)はロクヨン事件で自宅班だった元刑事。幸田は何を知っていたのだろうか?
14年前のロクヨン事件の当日、警察は犯人からの3回目の電話の録音に失敗していたのだ。
幸田は犯人からの電話を録音する係だった。

ソニーのオープンテープの古い型の録音機。受話器をとると犯人の声が聞こえた瞬間を録音する筈だったが電源が入らない。
電話が鳴り続けて焦った父親、雨宮芳男(永瀬正敏)が受話器を取り応対してしまう。犯人の声を聞いたのは雨宮だけ。

そして、群馬県警はその事実をもみ消していた。
実は「幸田メモ」の内容は群馬県警の不祥事。
代々の刑事部長は前任者から引き継ぎ秘密にして来た。
「警察の落ち度」「警察のミス」を世間に、ましてや東京の警察庁本部に知れたらどんな厄災が転がり込むかも知れない。
刑事部長職を本庁のキャリア組に奪われ群馬県警は警察庁の「天領」になることは間違い無い。

 幸田はもみ消しに反対し、失敗を公表しようとしていたのだが結局は県警に在職できなくなり辞職することに。
上司に「失敗したら被害者の命はおまえの責任だ!」と言われていたのだ。
破廉恥な辞め方だけに天下りの職も無く上司の個人的な口利きでスーパー駐車場係に身をおとしている。

 県警ぐるみの隠蔽や県警のポストを守る警察庁本部との闘い。
キャリア組vsノンキャリアの確執。
警察を描く小説や映画のいつものパターンが繰り返されるが外部から見ればバカなことをと思う。
だがパターンを抜け出し、組織を縦横にルールを無視して活躍するのが広報官の三上義信。
ボスの行動をハラハラしながらも着いて行く部下の諏訪係長(綾野剛)蔵前主任(金井雄太)そして婦警の美雲(榮倉奈々)。
警察は男社会と言うが榮倉の美雲はオロオロするだけで、記者クラブと広報室との飲み会ではホステス代わりだ。

 時効まで1年に控え、警察庁長官の視察、雨宮芳男の慰問、そして刑事部長職を群馬県警からキャリア組へ召し上げのプログラムが突如崩れる。

 14年経って翔子ちゃん事件と全く同じ、コピーキャットの誘拐事件が目崎正人(緒方直人)の長女、女子高生に起こるのだ。
身代金2000万円を丸越デパートのいちばん大きいスーツケースに詰め、電話を受けて喫茶店から居酒屋を車で走り廻り、最終的に身代金の受け渡しをする。

目崎は指示通り運転しながら車で指示を受ける。
その頃と違い携帯電話と言う便利なものがある。
警察車両は目崎の車を追尾しながら周囲に目を光らせる。
スピードを上げ過ぎ事故を起こす可能性も出て来る。

不思議なことが起こる。目崎は次の場所へは行かず急に右折して次に指定される場所に走る。
(メサキのきいた動きだとはシャレにもならない)

何故次の次の指定場所が分かったか?
電話で指示している声はヘリウムガスで変声しているが、一瞬ガスが切れる。
松岡の好意で指揮車両に乗っていた三上はその地声が誰の声か分かる。

 前編は広報官vs記者クラブ。後編はロクヨンの被害者たちの「リベンジ」だ。
前後編とも巧みな脚色でヴィヴィッドにテーマを浮かび上がらせて観客にカタルシスを齎す。

 瀬々敬久の快心の演出と脚本、そして佐藤浩市と永瀬正敏の渋いいぶし銀の芝居で盛り上がる作品だ。

 6月11日よりTOHOシネマズ日劇他で公開される。

「砂上の法廷」(THE WHOLE TRUTH)(アメリカ映画):「真実のみを述べる」法廷で皆が「嘘」をつく

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 いよいよ西海岸時間5時半より第88回アカデミー賞が発表になります。
僕のつたない予想では作品賞に「レヴェナント:蘇えりし者」監督賞「ジョージ・ミラー」(このところ巾をきかせるメキシコ人への反発)主演男優賞:レオナルド・ディカプリオ、主演女優賞:「シャーロット・ランプリング」助演男優賞:「シルヴェスタ・スタローン」、助演女優賞:「ルーニー・マーラ」、オリジナル脚本賞:「スポットライト」と言ったところでしょうが皆さんは如何ですか・

 
裁判の法廷で証人は聖書の上に手を置いて誓う。総て真実を真実以外の何物でもありません。
「I swear by Almighty God/Name of God or the name of the holy scripture that the evidence I shall give shall be the truth, the whole truth and nothing but the truth.」

 証人台での証人が誓う慣用句だが非常に大切な意味を持つ。とくに映画タイトルになっている
「全ての真実」(THE WHOLE TRUTH)の持つ重みは計り知れない。
嘘をつくと偽証罪や法廷侮辱罪で起訴される。
つまり証言は総て真実だと言う前提からスタートする映画なのだ。

キアヌ・リーヴスとは意外な配役で珍しいと思っていたが、ダニエル・クレイグがクランクイン直前のドタキャンで降りてキアヌに変わったようだ。

キアヌはダニエルより日本では人気があるので早速GAGAが買い付けアメリカと同時公開と意気込む。

題名通り真実(The Whole Truth)を追い求める展開だが、終わってみれば全員が「嘘」をついていることが判明する皮肉な作品だ。
法廷で聖書(HOLY BIBLE)に手を置き厳かに誓う(Oath)は一体何だろうと考えられさせる。

弁護士を中心に論争の法廷ミステリードラマ。だからカーチェイスも殴り合いも出て来ない。唯一ナイフで刺された大男が床に横たわり血を流しているだけだ。

莫大な資産を持つ大物弁護士ブーン・ラシター(ジム・ベルーシ)が自宅の居間に死体で横たわる。17歳の息子マイケル(ガブリエル・バッソ)が容疑者として逮捕された。
少年は「自分がナイフで刺した」と自白したがその動機や理由については完全黙秘を続ける。

敏腕弁護士ラムゼイ(リーブス)が少年の弁護を引き受けることに。法廷でも何も語らない少年をよそに、多くの証人たちがマイクの有罪を裏付ける証言を重ねていく。母親ロレッタ(レニー・ゼルウィガー)にもマイクは「自分が殺した」と告白している。

検事アーサー(シアーン・ブリッツジャーズ)は自白と凶器のナイフを抑えているから最初から勝ったも同然。

やがてラムゼイが、マイクに不利な幾つもの証言のわずかなほころびから証人たちの嘘を見破ると、裁判の流れが変わりはじめる。

そんな矢先、マイクがついに沈黙を破り、驚くべき告白をする。「12歳の時から父親に性的虐待(Abuse)を受けていた」と言うのだ。

プライベイト・ジェットを乗り回す父親ブーンは息子の大学を西海岸のUCLAかスタンフォードに決め両校をチェックした帰り途にNYへ一緒にフライトしていた。

親子以外に誰も居ない機内で性的前戯をされ耳元で「今夜もするぞ」と宣言され止むに已まれず父親殺しを働いたと言うのだ。

プライベイト・ジェットのスチュワーデス、シャネル・ブレディ(ググ・ンバーターロー)はマイクは嘘を付いていると主張する。
「だってキャビンアテンダントして1分も二人から目を離したことは無い。だから息子の性器に触るところなんて見ていない」言い張る。

しかしラムゼイはプライベイト・ジェットの副操縦士とシャネルが出来ていることを知り、
席を外したのは何回でその時間はと聞く。10分以上数回と証言台では嘘を付けない。

だが本当にマイクが殺したのだろうか?
フラッシュバックではマイクが居間に入って行くと父ブーンの胸にナイフは刺さっていた。
すると母親のロレッタの仕業以外に無いとマイクは思い込む。ナイフを深く差し込み柄に指紋をつけて部屋を抜ける。警察がマイクの指紋だらけ凶器を押収する。

ドンデンに継ぐドンデンで終盤の盛り上がりは胸がドキドキするほどだ。
しかしこれほどのドンデンに推理物の禁じ手が使われていることを最後に発見する。
本当は許せないが興奮させてくれたことで「ま、いいか」と許してしまう。
ネタバレをしてないからどうぞご覧になって許せるか許せないかご判断のほどを。

監督は、前作「フローズン・リバー」がアカデミー賞のオリジナル脚本賞ほか2部門にノミネートされた実績を持つコートニー・ハント。
脚本は「悪魔を憐れむ歌」のニコラス・カザン。着実に事実を積み重ねて行く重厚な演出に久しぶりに良く書けたオリジナルに満足する。ニコラスの父親は「波止場」や「欲望という名の電車」などで知られる映画監督エリア・カザン。娘のゾーラ・カザンは女優。 

3月25日よりTOHOシネマズシャンテ他にて公開される。

「花、香る歌」(桃李花歌)(韓国映画):朝鮮時代末期に女人禁制の伝統芸能「パンソリ」の世界に飛び込み、初の女流唄い手となったチン・チェソンの人生を描く

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 第88回アカデミー賞は昨夜(アメリカ西部時間)混乱の内に終了した。
6回目のノミネートで主演男優賞を獲得したレオナルド・デカプリオは受賞を聞いて破顔一笑の嬉しそうな顔は忘れることが出来ない。
しかし華やかな会場を覆う暗雲は「候補俳優にこの2年間黒人が1人も指名されていない」と言うことだ。会場前のハリウッドBLVDではプラカードを掲げたデモ行進もあった。

シドニー・ポワティエが黒人初の主演男優賞をうけたのは半世紀も前の1964年の「野のユリ」、モーガン・フリーマンが90年に「ドライビング・Missデイジー」2002年にデンゼル・ワシントンが「トレイニング・デイズ」同じ2002年には黒人女優主演賞を「チョコレート」でハル・ベリーが獲得している。

しかしこの14年間と言うものは男女とも黒人の主演受賞は無い。しかもこの2年間にはノミネートすら無い。

アメリカの人口は白人64%、ヒスパニックが18%、黒人は12%アジア系5%だが映画へ行く頻度は白人よりもマイノリティの方が多い。マイノリティ観客と白人客は丁度半分位だろう。

ところがアカデミー会員は会員になる資格としては、アカデミー理事会(Board of Governors)からの招待が必要である。

会員となる要件が満たされるのは、映画産業において多大な業績があるとして指名された会員候補者の中からアカデミー会員が投票したり、会員が新たな会員候補の名を映画の各部門での際立った業績とともに提出したりした場合などである。

現在、投票権を持つ会員は約6000人、LAタイムス社の調査(2012)によると94パーセントが白人、黒色人種は約2パーセント、ラテン系になると2パーセント以下という構成で、男女比も77パーセントが男性という偏った構成になっていることが明らかになった。
まともに行ったら黒人がノミネートされる訳が無い。
映画観客層と如何にかけ離れているかが判る。

アカデミー理事会は2020年までにマイノリティ会員数を2倍にすると宣言したが遅きに失する。
2倍にしたところで4-5%でタカが知れている。

アカデミー会員は(余り他人の映画は好きでないので)ノミネートされた作品を見ていない人が多いからアカデミーは試写会を頻繁に行う(業界紙が連日スケジュールを掲載)が忙しいのを理由で見ていない。
(だから酷い話だが友人たちから聞いて見ないで投票する会員もいる)

 必死の候補映画の配給会社が会員宅へDVDを送付して見て貰う始末。そのDVDが会員の友人たちからコピーされ氾濫し海賊版となって流布する。

昨日の僕の予想は、デカプリオ以外は総外れだが、作品賞と監督賞はいつも疑問に思う。
監督が優れているから作品賞を取るんだが、今年も作品賞の「スポットライト 世紀のスクープ」の監督トム・マッカーシーはカスリもしなかった。

この映画には宗教的、人種的な問題が大きく関わっているからだ。
カソリック神父たちが多くの小児性愛を行っていることを掴んでいた「ボストン・グローブ」の記者たちは新聞読者の80%以上がカトリック信者だから書くに書けない。ボストン・グローブスを買収したNYタイムスの社主ユダヤ人・サルツバーガーが信頼するユダヤ人部下を編集長に送り込む。

カソリックとユダヤ教は犬猿の仲だ。読者が減っても真実を伝えることが大切だと、早速ユダヤ人編集長指揮で徹底的なカソリック神父たちの不祥事を洗い出す。
出るは出るは、何十人と言う神父がいたいけない子どもに性的暴行を加えている。中には80人を超す少年たちをAbuseした神父もいる。
坊主ってのはイヤラシイものです。
カソリック神父は妻帯を禁じられるので神父に従い蝋燭を持ち聖歌を歌う従士の少年たちを狙うのだ。

日本では4月15日からGWにかけて公開されるから是非ご覧ください。

 金属疲労を起こしたアカデミー賞よりもっと劣っているのが魑魅魍魎の「日本アカデミー賞」だ。
大体が日本テレビと水野晴男の作り上げたコピーキャットで水野が業界で嫌われ者だったから洋画メジャー系は皆ボイコットした。

水野が死んでシコリは解け各社が参加しようやく本来の姿に戻りつつある。

もともとは京都映画祭から発祥しアメリカアカデミー賞の暖簾分けという由緒正しいものだったが、
出だしの水野とNTVそれに電通と胡乱臭いのが3つ揃ったのがいけなかった。

会員は2万円払えば誰でもなれる。(現在3900人)
どの映画もタダで見られる「年間パス」でアカデミー会員だから投票権があるんだと言う自負を持った者は少ない。

1年に(シニアの場合)20回以上映画を見るならアカデミー会員になった方がお得と言う感覚だ。
アメリカでも日本でもアカデミー賞の根本的な見直しは必至になってきている。


 男尊女卑の悪習は朝鮮末期の伝統芸能の世界でも厳しかった。ご法度を破れば打ち首も止む無し。女性が伝統芸能(日本で言えば民謡のようなものか)「パンソリ」を歌うことは固く禁じられていた。
「パンソリ」とは一人の唱者が鼓手の打つ太鼓の伴奏に合わせて唄とせりふ、身振りで物語を語っていく。

この映画は朝鮮時代末期に女人禁制であった「パンソリ」の世界に飛び込み、初の女流唄い手となった実在の人物チン・チェソンの波乱の人生を描い作品。

 朝鮮時代末期。母を亡くした少女チン・チェソン(スジ)は、偶然にも村で耳にした民俗芸能パンソリのヒロインに自らの人生を重ねて号泣する。
「涙のあとは笑顔。それがパンソリだ。」と優しく教えてくれたのは大家シン・ジェヒョ(リュ・スンリョン)だった。

チェソンは、そのときパンソリの唄い手になることを決意する。
しかし、当時は女性が唄うことは、固く禁じられていた。
チェソンは男性と偽りパンソリ塾「桐里精舎」の創始者ジェヒョ(リュ・ソンチョ)のもとで修業を積む。

時は流れチェソンは妓楼の下働きをしながら桐里精舎の練習を覗き見て自分も出来ると確信し「唄いたい」と訴えるもあっさりと拒否されてしまう、

 ジョヒョはパンソリに造詣が深い時の権力者・興宣興宣大院君、イ・ハウン(キム・ナムギル)と酒を呑みかわす仲になる。

イ・ハウンの息子・高宗(コジョン)が王座についたことから摂政として政治を握るイ・ハウン。自ら着手した敬福宮(キョンポックン)の再建祝に落成の宴を設けることになる。
 かつて立身出世を夢見たジョヒョには願っても無い機会だったが貧民の物語の唄を披露することに反対する両班(ヤンパン)が後援を打ち切る。

後援者たちが見捨て、弟子たちが去ってしまった桐里精舎にはチェソンが戻って来る。
そして落成式の宴に、危険を冒して「春香歌」のヒロイン役を務めることになる。

貧民の唄を男装で歌うチェソンとセジョンは大変な危険を冒して大きな賭けに臨むのだ。
映画のクライマックスシーン。チェソンの澄んだ声は落成宴に響きわたる。

主人公、チェソンを演じるのは韓国・アイドルグループ「miss A」のメンバーで、映画「建築学概論」に主演した21歳のスジ。歌よりも芝居の方が上手い。
1年もの時間をかけパンソリの発生練習をして撮影に臨み、夢に向かって進んでゆく天真爛漫な少女から美しく愛を唄う一流の唄いてに成長する過程を演じる。
しかし僕は声が細く声量が乏しいのが気になる。
パンソリの朗々たる歌声はこんなものではない。

「王になった男」「七番房の奇跡」などの名優45歳のリュ・スンリョンが、民のための唄い手であることにこだわるチェソンの師匠シン・ジェヒョ役を暖かく演じる。

それにしても青や赤黄色の原色を大胆に使った韓国の古代衣装は美しい。呼称は知らないがチマチョゴリと言う床を引き摺るように歩くスタイルは魅惑的だ。

監督は35歳のイ・ジョンビル。二作目の作品だと言うが韓国古典芸能に通暁してなければ演出は出来なかったろう。随分と勉強したようだ。

4月23日よりシネマート新宿他で公開される。

「永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅」(Awake: The Life of Yogananda)(アメリカ映画):「ビートルズ」のジョージ・ハリスンは言う。

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柴田よしきの「愛より優しい旅の空」(角川文庫:2015年11月刊)には圧倒される。鉄道の旅を愛し、主人公香澄は5歳年上の血を分けた叔父高之に禁断の恋心を抱いていた。しかし東北大震災の前に旅に出たまま姿を消す。旅を重ねた香澄は、いつのまにやら立派な狹柑勠瓩棒長していた。在来線の各駅停車ファンを自称し、スイッチバックを「好きです」と即答するほどだ。なんとも頼もしいではないか。
 
そんな彼女に同行し、私たちも各地を走る車輌に乗り込むことになる。
 鉄道旅。その魅力は多彩で、一言で語るのはなかなか難しいが、あえて絞り込むと「自由と不自由の共存」にあると私は思っている。

「敷かれたレールの上を進むだけの人生なんて送りたくない!」なんていうセリフが青春ドラマの定番であるように、列車は毎日同じ軌道の上を走っている。横道にそれることはできないし、駅以外で降りることもできない。どれほど心躍る風景に出会っても、「ここで止めて!」とは言えない。ある意味、著しく行動を制限される移動手段なのだ。

 だが、体が勝手に運ばれていく分、車内では自由な時間を過ごせる。景色を堪能するもよし、駅弁を頬張るもよし、ぼんやり思索にふけるもよし、白河夜船を決め込むもよし。マナーさえ守っていれば、何をしていても許される。

 制限された中での自由。
 まるで人生そのものではないか。だから、人は鉄道旅に惹かれるのだ。
 そして、乗客の数だけ物語があり、それは時として怒りや哀しみ、後悔といった負の感情で塗りつぶされている。

 今回、香澄は、鉄道を通して知り合った人々の悲しく残酷な物語に直面することになった。
 だが、彼らとの対話によって、香澄は人の弱さと強さを教えられる。それは成長の糧となり、過去に囚われ続けていた娘は、人生の新たな旅路に一歩踏み出す決心をする。その健気さに青春の美しさを感じるのは、私一人ではないだろう。

 本作で、香澄の心の旅は一応の決着を見た。鉄道は、彼女を終着駅に無事届けてくれたのだ。
 エピローグを読み終えた瞬間、胸に湧き上がった安堵感とほんの少しの寂しさは、長旅を終えて自宅に帰り着いた時のそれに近かったように思う。

 しかし、旅は終わっても人生は続く。大人の女性となった香澄が新たな鉄道旅に連れ出してくれることを願いつつ、今はこの余韻に浸っていたい。

そのゆくえを探すため一心に列車に乗り続ける香澄は各駅停車の醍醐味を味わえるようになる。
興味の発端は京急の歌う電車からだ。赤い京急は「ファソラシドレミファソ」と歌ってから出発する。ドイツのシーメンスが納品の際、インバーターに細工をしたのだが、時代が変わるに従い交換が進み段々歌わなくなった。

小さな旅の月刊誌「各駅停車」を出版する雑誌社に勤め始めた香澄に憧れの人が現れる。
近藤寛也は高之や香澄と同じ西神奈川大学の出身で鉄ちゃんとして叔父と知り合っていた。
寛也は今は東都大学教授をしている。

2人の各駅停車の旅は南阿蘇で出会った美しい蝶、小海線の大きなカーブの謎など各地の特徴や歴史の薀蓄を傾ける。

作者柴田よしきは筋金入りの鉄ちゃんで小説の伯父探しのプロットはそっちのけで知識薀蓄大パレード。やはり本人も各駅停車で歩いた体験があるんでしょうね。
ひたすら感心するばかりだがそれにしても尋ね人の高之はどうなったんだろう。・



最も影響を受けた「ビートルズ」のジョージ・ハリスンは言う。
「本の表紙を見た途端、ヨガナンダの瞳に射抜かれたんだ」
「あるヨギの自叙伝」に出会ってなかったら今の人生はない。くたばっていたか、最低の人間になっていたはずと。
「不毛な人生にならず、意味を与えてくれたんだ」

大戦直後の1946年に発刊された「あるヨギの自叙伝」(Autobiography of Yogi)は「Kriya Yoga」を10数ヶ国語に翻訳されたこの自叙伝は西欧社会の東洋哲学を学ぶ者たちへ紹介された。いまも未だ絶版になっておらず引き続き印刷されているという。

著者のパラマハンサ・ヨガナンダは人種差別の激しい1920年にボストンへやって来て、間もなく南カリフォルニアに橋頭堡を築く。

この記録映画「Awake: The Life of Yogananda」は1920年以来アメリカを始めとする西欧にヨガの瞑想の奥義を伝えたヒンズー教スワミ(導師)の生涯を描いた伝記映画。

映画の冒頭「母の胎内にいる時に自分の人生を決めた。生まれながらの霊的な神童だった」と語っているが、本当かな?

ヨガナンは後ろから見ると長い髪を肩から下までたらし長い民族衣装を着ているので女性に見える。正面にまわると小柄なふっくらした男で立派な口髭と濃い太い眉は男だ。優しい女性的な顔つきで目が特に包容力があり温かい。

ヨガナンは説く。物理的な物を越えた霊的なものスピリットが一番大切だと。

パラマハンサ・ヨガナンダは1893年1月5日にインド、ゴラクプールの信心深い裕福な家庭に生まれた。青年期にはみずからの霊的探求を導いてくれる優れた霊性の師を見つけ出すためにインドの多くの賢者や聖者を捜し求めました。

1910年、17歳の時に高徳の師スワミ・スリ・ユクテスワギリと出逢い、彼の弟子になった。1915年にカルカッタ大学を卒業の後、インドの由緒あるスワミ僧団において僧侶としての正式な誓いをたて、そのときにヨガナンダ(神聖な合一=ヨーガ、による至福=アナンダ)という名前を授かった。
ハリウッドセレブから火がついたヨガブームは、日本にもすっかり定着し、
今や日本国内だけでもヨガ人口は200万人にものぼるといわれている。

ヨガの魅力をひも解くとき最も重要な人物が、ヨガと瞑想を世界に広め、「西洋ヨガの父」として知られる偉大なヨギー(ヨガをする行者)=パラマハンサ・ヨガナンダである。

ザ・ビートルズには「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットに登場するほど大きな影響を与え、アップル社創業者のスティーブ・ジョブズは、ヨガナンダの自叙伝を唯一自分のiPadにダウンロードしていたほど。 多くの著名人に影響を与え、その生き方は現在もたくさんの人々に人生の指針を与えている。

この映画は、ヨガナンダの貴重な映像(よくもまあアーカイブにこれほどの映像があったものだと感心する)と、ジョージ・ハリスンやスティーブ・ジョブズなど多数の著名人の証言や逸話を通して、アカデミー賞ノミネート歴のあるパオラ・ディ・フローリオとサンダンス受賞歴のあるリサ・リーマンの両ドキュメンタリー作家が、彼の生涯と教えに迫る貴重な記録映画に仕上げた。

しかし映画としてはいろんな人が多数登場し只管どのように影響を受けたかを哲学的に語るだけだから眠くなるのも事実だ。1953年に亡くなって半世紀以上の63年にもなるがヨガナンダの教えは今でも多くの人々の心に焼き付いている。

4月30日より渋谷ユーロスペースにて公開される。

「太陽」(日本映画):バイオテロで激減した人類は二つに分割される。若く高い知能を持つが太陽光に弱い新人類「ノクス」と、太陽光には強いがノクスによる経済封鎖で夜に活動する貧しい旧人類の「キュリオ」

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近未来を描くSF映画の数の多さに驚かされる。
ハリウッド映画に多いが大抵は地球は荒廃した「ディストピア」。
人類は生き残りをかけてエイリアンと争い、敵対する他人類と死闘を繰り返し、ウィルスや病原菌から身を守ろうとする。
しかしハッキリ言ってもう充分だ。

昨年はマッドマックスのような巨額な制作費を掛け主人公を女性にしたリバイバルが注目されたが、VFXやCGを多用するために資金が乏しい日本映画ではこの近未来ものは少ない。

例えば10年ほど前に紀里谷和明がカミさん(宇多田ヒカル)のお金と唄に手伝って貰ったSF「CASSHER」などは破格の6億もかけた(それでも1/30の制作費)のに目も当てられない駄作だった。
原作も悪くないがVFXにもっと制作費が必要だった。

そんな近未来ものに劇作家・前川知大と監督・入江裕が挑戦しようと言うのだ。
原作は読売演劇大賞などを受賞している前川知大主宰の劇団「イキウメ」の舞台劇、惚れこんで演出しようとするのは「SRサイタマノラッパー」シリーズの入江裕。SKIP City出身の監督も本数を重ねて大物になってきた。

渋谷円山町の美学校試写室での上映前に相変わらずの小太りで薄汚い格好で現れて挨拶するが、昔よりは一回り肉も付き丸くなった身体は、ベテラン監督への道を歩みだした風格は見て取れる。

冒頭は夜の街に響く女声のアナウンス「間もなく『日の出』です。ノクス地区に外出中の人は速やかに戻りましょう」
 奇妙な警告が映画の不気味な凶兆を帯びている。

時代は近未来、21世紀の初めウィルスのバイオテロで人口が激減する。
生き残った人間は2種類に分かれる。

若く健康な肉体と高い知能を持つ一方で、太陽光に弱く夜に活動する新人類「ノクス」と、ノクスによる経済封鎖を受けながら太陽光には強いが貧しく生きる旧人類の「キュリオ」。新旧二つの人類の貧富の差ははっきりとする。今の安部政権に見られる貧富の二極化が極限化した状態だ。

ある日、田舎の村でキュリオを監視するノクスの駐在員を椅子に縛り付け身動きできないようにしたキュリオの男(村上淳)が惨殺する事件が起こった。薄暗い納屋に太陽の光を一杯に当てると駐在員は炎に包まれ焼死する。(この特殊効果は見事だった)

キュリオからノクスへの転換は医学的に20歳までは可能だがこの事件で転換の機会は奪われ、ノクスから更に厳しい経済制裁を受け、キュリオはますます貧しくなっていった。

時は流れ10年後、キュリオとして生きる若者、奥寺鉄彦(神木隆之介)は寒村での暮しに鬱屈した日々を送っている。

幼馴染のあどけない美女、生田結(門脇麦)は自分と父親、草一(古館寛治)を捨ててノクスへ転換した母親、曽我玲子(森口瑤子)を恨みながらも、村の生活を少しでも良くしようとポジティブに生きて来た。

キュリオの貧しい村に生まれ、ノクス社会への憧れを隠さずに毎日を送る鉄彦とノクスを憎む二人に大きな出来事が起こる。

10年振りに経済封鎖が解かれることになったのだ。
太陽を回避するノクスの世界と、太陽を浴びて生きるキュリオの世界、二つの世界を隔てていた大きな鉄のゲートが開き、そこに門衛としてノクス駐在員の森繁富士太(古川雄輝)がやって来る。
ノクスに憧れる鉄彦は頻繁に森繁のもとに通い友達になる。その上ノクスへの転換手術も可能になり、胸を膨らませて応募したが、選ばれたのは結だった。結の父、草一が結に無断で応募していたのだ。
ショックを隠せない鉄彦と望まぬノクスに戸惑う結。

そんな折、10年前にノクスを殺し逃亡していた鉄彦の叔父、克哉が戻って来る。
ノクスとキュオスは共存共栄は出来ないのか?2つの世界は新しい未来のために自分の意思で生きる個人をどう扱うのか?

別に近未来に舞台を置かなくても革新的な新人類と保守頑迷な旧人類、富裕層と貧困層の二極分離化など現在の大問題に取り組んでいる。エイリアンも宇宙船も荒廃したビル群も出てこないが、今の日本をどうしようか?と言う問題提起だけでも興味深く物語りを仕上げてくれている。

入江監督は、イキウメについて「日本でいま最も刺激的で面白い劇団で。その思弁性、文明や社会への批評性は群を抜いている。劇作家・演出家の前川知大さんが書かれる台詞や芝居の『奇妙な柔らかさ』には圧倒的なオリジナリティを感じる」と。これほどまでに惚れ抜かれたら前川知大劇作家冥利に尽きる。

4月23日より角川シネマ新宿他で公開される。
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